このところ来客や外出が多く、電話やメールの機会も増えました。私には世間にふれる有難い機会ですがブログを書く時間がとれず、また、小さな菜園は紋白蝶の大養殖場となってしまいました。 この間に色んなコメントをいただき、ブログのあり方も再考させられました。情報広場を標榜する私としては、このあたりでひと言、率直な感想を記述しようと思います。
これまで誹謗、中傷を採否の尺度とし、投稿されたコメントのほとんどを掲載してきました(約300件のうち削除したものは4件で「掲載率」は約99%)。数あるコメントの中には私の考えと相反する意見や表現があるのは当然ですが、それらもそのまま掲載してきました(関係者の心中を想像して重い気持ちで掲載ボタンをクリックすることもあるのです)。
ところが今回は削除コメントが一挙に5件あり、高い掲載率を少し押し下げることになってしまいました。ここで削除の理由にふれておきます。
削除コメントその1(過激な表現)
来年度予算に関する投稿に対する質問コメントをいただきました。「補正予算を予定せざるを得ない当初予算の編成はおかしい。補正が不可避ならばその財源もあるはずだ。越市長の目的は選挙前の見せかけの歳出削減ではないか。」という指摘までは問題なかったのですが、続けて越市長に関する不穏当な形容詞があり、掲載を見合わせました。単語一つで全文削除です(もったいない)。
前にも申し上げたとおり私がコメントを編集することは不可能ですし、たとえ可能であっても許されないことです。なお、この方のご意見については私もまったく同感です。
削除コメントその2(実名入り)
越市長の出馬意向を受けた政党などの動きに関する報道をもとに意見をのべておられるコメントがありました。またそれに関連して、ある国会議員の言動について元県会議員が語ったという情報を紹介しておられました。議員および元県議の実名が出されており、公的な議員活動ではない部分への言及であったこと、当事者の了解を得ていると思われなかったことから削除しました。
削除コメントその3(選挙がらみ)
市長選挙の候補者の選定経過などに関する大変興味深いコメントがありました。誹謗、中傷には該当しないのですが推測が含まれているうえ、候補者の活動に何らかの影響を及ぼす可能性があると考えて削除しました。
削除コメントその4(選挙がらみ)
市長選候補者の氏名を挙げてその方に寸評を加えた上、私(茂呂)に対し、越市長と比較してどう評価するか見解を述べて欲しいとのコメントがありました。削除した理由は上に同じです。
すなわちコメントに記されていた寸評が、候補者の活動に何らかの影響を及ぼす可能性があると考えたことによります。
また、このブログは私がよく知り、責任をもって発言もできる大津市政(特に越市長の市政運営)をテーマとしていますが、他の候補者についてはここまで深くは知りません。
従って、いずれにしてもきちんとした比較検討になりえないと思います。
候補者に関して自由に意見を述べることは、選挙妨害でない限り私にも投稿者にも許されることだと考えます。
しかし、私はこのブログで「いま、現に行われている市政の問題点」を広く知って頂くことに力を入れています。
一方、候補者の政策や約束は未来に関する話です。候補者の主張はとても重要であり私も深い関心を持っています。それでも私には「今の重苦しい現実」と「未来の可能性の話」を同じ土俵で論評する気持ちにはなれません。
削除コメントその5(混乱の回避)
公文書消滅事件(庁内メールにて配信された部局長意見集が昨年6月に一斉消滅し、消滅寸前に印刷した分は回収されたという出来事)について、刑事告発すべきであるというご意見を同一人物と思われる方から2、3回にわたり頂きました。
刑法258条や刑事訴訟法を援用して個人の見解が理路整然と述べられており、誹謗、中傷に該当するものではありませんでした。
しかし、「これは人為的な操作によるものでシステム上からも痕跡が消されている」との前提に立った見解であり、内容の詳細をそのまま掲載することは混乱を招くと考えて削除しました。
この方は、掲載されないと分かると修正して再三コメントされたのですが、私の判断で最終的なコメント(10月28日投稿分)のみ掲載しました。
このなかで「何度か投稿したが承認されなかった」と書いておられるので、読まれた方は、茂呂がこっそり意見を握りつぶしているのかと思われたかもしれません。こうした経過説明を兼ねてここで記述しておきます。
ここで公文書消滅事件に関連して越直美市長に再度申し上げます。
私の姿勢は「確証がないため静観」ですが、越市長も「静観」では困ります。
「消滅」にしても「消去」にしても、コンプライアンス上重大な問題です。職員の声に耳を傾けると発言された市長の責任にも関わる出来事です。
不祥事や不明事を調査し、厳しく処分し、速やかに公表することは、越市長の基本スタンスでしょう。この件に限って頬かむりすることは、誰よりもまず越市長ご自身が許せない筈です。
説明責任は越市長にあります。越市長もこれを自らの宿題であると考えておられる筈です。
もし次の選挙で信を問うならば、宿題を片付けることが先決だと多くの市民は思われるのではないでしょうか。物は消せても記憶は消せません。
その他掲載したコメントに関して。
職員を名乗る方から、補正前提の当初予算編成への疑問を呈するコメントがありました。実は同様の話を他からも聞いています。財政状況が厳しいことは百も承知ですし、関係職員はいかに削るかに腐心しているでしょう。
しかし、平成28年度当初予算を無理を承知で小さくしておき、予め分かっていた不足分を年度途中の補正で補うことがもしあるとすれば、行政への信頼に背く行為であると思います。さらに事務的なロスや職員のモチベーションの低下に直結します。あってはならないことです。
とは言えまだ予算編成の途中であり、「一時的な観測結果」であると受け止めたいと思います。
実際にはどのようになっていくのでしょうか。
以上、最近の所感を述べました。削除コメントの投稿者の方々には、こうした次第をご理解いただき、引き続き情報広場にご協力くださいますようお願い申し上げます。
次回から市大津市政に話をもどしていきたいと思います。
大津のまちの歩みをざっと振り返った上で、市政の懸案事項などを考えたいと思います。