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2021/02/27

135)伊勢神宮のおふだ

 「ところで先日、ご子息とご一緒しました。あいかわらずご活躍で、、」「そうか。ま、よろしくな。」、、、文春の次号スクープはこれだと聞かされても私は驚きません(秋本局長は天を仰いだそうですが)。いやまったく。一般的に国家公務員は極めて高い保身能力を有しています。私は身近な場でその実例も見ました。森友文書の改ざんの責任を我が身に引き受けようとされた近畿財務局職員の痛ましい事例は銘記すべき例外です。

 こうした国家公務員の中でも特に「能力」すぐれたエリート達がそろって子息詣でを繰り返したのはなぜか。それは言うまでもなく「その行為が自らの保身に役立つとその時点において彼らが判断した」からに他なりません。これが今回の接待騒動の一番の問題であり、安倍~菅政権の責任は重大です。エリート官僚らは、長髪、くわえ煙草の長男の背後に鎮座する菅氏を遥拝したわけです。その昔、かまどの後ろの白壁に「伊勢神宮」と墨書したすすけた紙きれが貼ってありましたが、久しぶりにその風景を思い出しました。

 国会で「行政が歪められたかどうか」が問われていますがピンボケの議論と言わざるを得ません。たとえば山田真貴子広報官の場合は、業者が待ち受ける和牛ステーキ(および海鮮料理)のレストランに入った時点で既にアウト、ほかの官僚も同様です。公務員の務めは、行政は公平・公正であるという理念を身をもって体現すること、現実的には一致しない理想と実態の距離を縮めるために身を呈することに尽きます。いま問われるべきはこの一点。収賄罪が成立するか否かは次の問題です。

 OBだから気楽に言えるよなあ、という現役公務員のつぶやきが聞こえてきそうです(仰るとおり、どうもすみません)。しかし改めて「公務員の誓い」を思い出してください。私はありきたりの意見を申し上げているに過ぎません。公務員が身をもって示すべき大切な規範を足蹴にして汚物をかけた総務省(農水省)幹部の罪は「本質的に」重大です。彼らは「公」の職業的担い手である使命を放棄しました。

 ならば「減俸10分の1、2~3か月」などという処分は妥当でしょうか。おそらく人事院規則に基づくのでしょうが、まるでバラエティー番組の罰ゲームです。私には、政治の中枢にいる人々の「集合意識」が劣化しているように思われます。彼らは、国民のために動くのではなく、国民を動かすのが自分の仕事と心得ている。山田報道官の給与自主返納など茶番もいいところです。

 「行儀わるいことをして指をつめた」人の話を聞きました。生活保護ケースワーカー時代の話です。その指先の断端がなめらかなのを見て、それまでにいかほどの心身の苦痛の時間が流れたのだろうと私は思いました。昨今報道される官僚らの謝罪ぶりを見て、またもや昔話を思い出した次第。官僚らが「指づめ」に匹敵するような「生涯の刻印」を自らに刻むことはないでしょう。

 誤解なきよう申し上げますが、こうした私刑は忌むべきもの。決して許されるものではありません。掟やぶりの官僚といえども生命、身体の安全は保証されるべきですし、もし仮にこれを適用しようとしても指の数が足らないでしょう。私は、彼らには千日回峰がふさわしいと思います。ふところの深い延暦寺も受け入れてくださるでしょう。もちろん経費は自分もちです。 



2021/02/21

134)公共の敵が公共であるとき

  このタイトルをご覧になって、本ブログは早くも越批判に回帰したかと思われたやも知れません。確かに「大津通信」は、公共の敵許すまじという思いからスタートしました。そして当該人物は、「一部の市民」の「一時の利益」しか目に入れず、目的のために手段を択ばぬ強引・稚拙な手法で「公」を踏みにじった張本人です。しかも今は、朝日新聞滋賀版で自分史の修正に余念がない。コ氏が故紙でコスいコジつけ。そんなヒマがあるなら、いやヒマがなくても、大津地裁に出廷して自らの行為を証言すべき人物です。

 しかし、私はすでに述べたとおりこの人物への言及を止め、もう少し広い世界で「公」考えたいと思っています。朝日地方局への論及も時間のムダです。これらにはもう煩わされることなく論を進めていくことを改めて申し上げます。内容の不出来、不十分は重々承知していますが、今後とも平気の体で綴ってまいります。

「公共の敵が公共であるとき」とは韓国の作家パク・ミンギョの言葉であるとブログ「あざみ日和」に教えられました。私はこの作家を知らずフレーズを孫引きしていますが、かの国もこの国も似た政治状況にあるものと推察します。公の敵が公自身であるとは由々しき事態ですが、考えてみれば自身の中に敵を内包していることが「公」の基本的な性格なのかも知れません。

 本来「公」は「民」より生まれ、「民」に尽くすことによって「公」に昇華するものであり、その過程には「反公共」の契機がいくらもあると考えます(そうした意味では「公」の対義語は「民」でなく「反公共」?)。しかし一方で、今日の「市場化社会」や「オンライン社会」に大きく広がる影の部分を見ると、いま述べた「公」の解釈はいかにも古くさいと自分でも思います。グーグル、アマゾン、フェイスブック、アマゾンなどの巨大企業が公共の敵となり得る時代です。

 これらの企業は「民」ですから話の筋が不明瞭になってきました。やはり順をおって「公」の定義づけから始めるべきでしょうが、論考でなくお喋りしかできませんのでご容赦ください。近年における「公共の敵である民」の代表格は東京電力でしょう。おおもとの問題はコントロール不可能なものを扱い、かつ産み出していく原子力発電そのものにあって、国、規制を行う機関、リスクを評価する機関などひっくるめて同罪。「官民一体」が公共の敵です。

 コロナウイルスや大地震は社会の脅威ですが公共の敵ではありません。公共の敵の「適格性」はそれが人為であること。したがってこうした社会の脅威に対していかに立ち向かうかという場面から「公共の敵」が立ち上ります。したがって政治も「敵」となりかねません。これよりは小さな話ですが首相の子息が役人を接待したと報じられています。当人らが認めているので事実なのでしょう。決して驚きはしませんが恥ずかしいことです。このケースにおいて公共の敵はいったいどこまで及ぶでしょうか。







2021/02/14

133)男の長風呂なにわ節

  五輪・森会長は、今回の発言およびその源となった「女性」や「会議」に関する自らの認識に根本的な欠陥があることを理解していないようです。そもそも民主主義という思想の埒外にいるわけですが、こうした人がかつて首相であり、今なお政財界に大きな影響力があるらしい。だからこそ会長に祭り上げられ、余人をもって代えがたいと慰留された。二階氏も菅氏も慰留組でした。私たちはこうした経緯を忘れてはならないと思います。

 ヒトラーが政治利用の先鞭をつけた五輪は、いまや「市場の論理」に引き回されています。森氏に引導を渡したのは正義ではなく、消費者の好悪を気にかけたスポンサーの損得勘定でありました。その観点に立って今年の真夏の東京五輪は引き合うのか引き合わないのか。政府は「復興五輪」や「コロナ撲滅五輪」という空虚なスローガンを掲げており、一方で選手は「国民に感動と勇気を与えたい」と意気込んでいます。こうした事態をどのように考えればいいのでしょうか。

 もとに戻って、いったん社会的成功を収めた人間には、長くその余禄がついて回るのが世の習いのようです。森氏然り、川渕氏然り。特に森氏は、「女の長話」を云々する資格もありません。自分は心地よく長湯をして浪花節をうなり、あろうことか後継指名までやってのけました。一緒にうなった川渕氏も同類ですが、不思議とその印象はあまり悪くありません。それが「政治と非政治の分かれ道」なのか。そう言ってしまうと、多くのものがこぼれ落ちる気がしますが、今日はこの辺で。








から事態収拾を。が、この手の政治家は珍しくありません。こういう人々が「公のワタクシ化」に「貢献」してもいます。

2021/02/07

132)宮沢賢治と「公」

 一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ、、あらゆることを自分を勘定に入れず、、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、、皆にでくの坊と呼ばれ、、そういうものに私はなりたいと 宣言した詩人。「星めぐり」の作詞作曲者。風変りだけれどすごく偉い人だと生徒の尊敬を集めた教師。妹の最期の喉を潤すため「曲がった鉄砲玉のように」雪の中に駆け出した兄。読む者の魂に深く届く固有の声をもった作家、宮沢賢治。

 彼の作品においては、火山を爆発させて冷害を食い止めたしたブドリ(グスコーブドリの伝記)、川に落ちた同級生を救ったカムパネルラ(銀河鉄道の夜)に見るように、我が身を賭して他者を救う自己犠牲が重要なモチーフとなっています。一方、「よだかの星」や「土神ときつね」では、自分の命をつなぐため、或いは一時の激情によって他者の命を奪った者の悔恨が痛切に描かれています。

 そして「世界ぜんたいが幸福にならないうちには個人の幸福はありえない」という「農民芸術概論要綱」の言葉。また、「本当の幸いとは何だろう」と繰り返される問いかけ。こうした表出に触れ、また、周囲を照らし続けて早く燃え尽きたろうそくのような彼の生涯を思うと、この不世出の詩人が短い人生をかけて希求したのは、利己と利他を超越した大きな人間集団(人類)の幸福に他ならなかったということができます。

 彼が帰依した日蓮宗の影響は大きいでしょう。法華経1千部を印刷して友人知己に配るよう言い遺した事実は知られるところです。しかしそれだけではない。生家が裕福であったのに、いやそれだからこそ、身売りや口減らしと縁が切れない当時の農村の人々の苦しみに子供の時から心を寄せた人物です。宮沢賢治は、まるで遺伝子に刷り込まれたように生来的に他者の幸福を考える人間であったと私には思われてなりません(裕福な家庭に生まれ、それと格闘した太宰治の生き方とは少し似て大いに非なるものがあります)。

 私は、宮沢賢治こそ「公」の人であったと言いたいのですが、「公」はシステム論でもあります。そこで少し控えめに、賢治の本質であり、同時に彼が命をかけて追求した至高の目標でもあった「まことの幸い」と「公」を基礎づける思想とは、深く相通じるものだと申し上げます。私たちの国にはこうした稀有の人がありました。彼が設計した花壇が花巻に復元されています。そこを訪れ満開の花々を眺めたことがあります。彼が人々に見せようとしたのは「幸いの花」であったと思うのです。


  
 結婚式で「ミニ植樹」をしたあるカップルがそれを新居に持ち帰り、もし枯れても二人の未来には関係ないと言いかわしつつ、土をかえ場所をかえて育てました。それから数年。鉛筆ほどだった苗木が次第に伸びて、ついに十数年に一度しか咲かないという花が咲き、我が家に写真が送られてきました。香りもよいとか。名前は「幸福の木(ドラセナ)」だと聞きました。     

 


 

2021/02/01

131)届く声を持つということ

  いまに始まったことではないけれど国会で発せられる言葉の軽さ、特に政府答弁の虚しさは異常です。コロナ対策にかかる菅氏の声明もメルケル氏のそれと比べて恐ろしい落差があります。日常生活でも政治の世界でも「言葉の力」は重要この上ありません。民主主義あるいは公の問題と深く関わる言葉の問題については、今後少しずつ書きたいと思います。

 本日は京都市はぐくみ局のある係長のお話です。この方が大勢の民間事業者に対して事業説明および協力要請をされる場に、私は事業者の一人として居合わせました。こうした場における役所の話は紋切り型で退屈な場合が少なくありませんが、この係長の言葉は粒立って訴える力があり印象に残りました。その後何度かお話を聞く機会があり、この方は自分の言葉が相手に届くかどうかを明確に意識しながら話をしていることが判りました。

 親しい二人の会話ならいざ知らず、一人対多数の対話においては言葉の訴求力が減衰することがありがちです。それは話し手が「あなた」という個人に言葉を伝える意志をはなから放棄して集団に向き合っているからだと思うのです。まさに森を見て樹を見ず。一人にさえ届かない言葉が多数に響くわけがありません。ところがこうした「集団話法」が正当な話し方であるという誤解が根強く残っています。市議会も国会も然りです。

 さきごろ、私が京都での仕事を終えるにあたって担当課にご挨拶する機会があり、係の方々にお世話になったことを謝しつつ、係長には今後とも肉声でお話いただくよう勝手なお願いをさせていただきました。民の立場から官を見ることは私にとって興味深いのですが、この3年余、官の第一線で仕事をする人々から期待を裏切られたことはありませんでした。いずこも体をはって前線を支える人々がいます。











130)見切り発車

 前回の記事をもって大津通信は「中締め」とあいなりました。振りかえれば現役のとき、中締めの挨拶(皆さま、宴たけなわではありますが、、、という例のセリフ)を何度耳にし口にしたことでしょう。終了を告げつつ継続を否定しないという両義的な態度表明をこのブログでも踏襲しました。

 これまでのように「公を踏みにじる悪の権化」に触れることなく記事を書くことは爽快である反面、何だか筆が進みにくいというのは誠に皮肉なものです。これからは私の「目の付け所」を皆さんにジャッジされることとなります。いまさら格好のつけようもありませんが。

 今後書く記事は「あるべき公の姿」、より広くは「社会と個人の関わり」をめぐるところの、シワが浅くなり容積も次第に減りつつある私の脳ミソが見る夢物語のようなもの。毎回の記述の断片で一定の進捗を刻んでいくことは困難ですが、半年、一年たって何がしかの筋道が見えるならもっけの幸いです。お忙しい皆さまのご健勝をお祈りしつつ、この回り道や道草にお付き合いくださることをお願い申し上げます。