2025/06/03

276)「ほんとうの会議」

 「ほんとうの会議」は本の名前です。世の中の会議は全部ニセモノだと言わんばかり。実際、本の帯に次のとおりの言葉が並んでいます。~ 討論なし。批判なし。結論なし。「言いっ放し、聞きっ放し」の会議が、なぜこれほど人生を豊かにするのか? 私たちが囚われている「不毛な会議」観を根底からひっくり返す! ~ 

 ジュンク堂でこの本を見つけ、新書版ゆえ断捨離を気にせず買いました。著者は帚木蓬生、講談社現代新書、2025年3月刊です。多くの人と同じく私は何百回、何千回と会議に参加したし、ふりかえって思うところは色々あります(もう会議はないけれど)。この本を一読し、再読して、ううん、そうかあと教えられたことを書きます。

 帚木蓬生(ははきぎほうせい)は作家ですが、経験豊富な精神科医でもあると知りませんでした(現在は福岡でメンタルクリニックを開業)。彼は長年ギャンブル症の治療にもあたり当事者による自助グループのミーティングに関わっているうちに、「ほんとうの会議とはこれだ」と気づきました。まずギャンブル症とはどんなものか、著者はおよそ以下のように語っています。

 ~ ギャンブル症は、なるのはいとも簡単、そこからの回復はとても困難な病気である。患者は例外なく、自分の病気が見えない、人の助言を聞かない、自分の考えを言わないの三ザル状態であり、さらに自分だけ、金だけ、今だけよければいいという三だけ主義になっている。だから犯罪がつきもので、妻の財布から札をぬく、子どもの貯金を盗む、家財を売るは序の口で同僚からの借金、職場での横領、詐欺、闇バイトでの強盗などに手を染める。

 もっとも顕著な症状は、嘘と借金で、お金を手に入れるために朝から晩まで嘘をつく。嘘八百どころか八千、八万、いや八十万で、本人にも嘘と事実の境目があやふやになっている。また妄想じみた思考が特徴的で、「手元の1万円を賭ければ10万円、20万円になる」と思う。また「ギャンブルでこしらえた借金はギャンブルで勝って返さなければならない」と考える。これがギャンブル脳である。

 アルコールや薬物の過剰摂取によっても脳は変質するが、ギャンブル行為の反復によって意思決定や報酬に関する脳の回路(ドーパミン性の放射経路)が変質する「ギャンブル脳」の方が脳へのダメージが大きい。特定の経路が蓄積し固定すると元に戻らない。ピクルスはきゅうりに戻らないと表現する脳科学者もいる。要するにギャンブル症は治ることはない。治療によって回復(改善)が望めるだけである。

 現在ではうつ病、統合失調症、認知症、パニック症、不安症など多くの疾患に対して有効な薬があるがギャンブル症の薬はない。できるとしたらカウンセリング(認知行動療法や森田療法)くらいだが、三ザル・三だけ主義のギャンブル症者は受けつけようとしない。そもそもギャンブル症者には家族が何百回も説得を試みており、私(筆者)が知るかぎりこの説得が成功した例は一つもない。

 熟練した精神療法家の働きかけも効果がない。要するに聞く耳を持っていないので何を言っても無駄である。そうしたお手上げ状態の中で唯一ギャンブル症者を救うことができるのが自助グループである。自助グループのミーティングこそギャンブル症者をギャンブル地獄から救い上げるクモの糸である。~

 いったん引用を中断します。ギャンブル症がとても厄介で治りにくい病気であるという事実が「ほんとうの会議」の有効性を裏書きしているようなものですから長く引用しました。肝心の中身はこれからなのですが、この調子では先が見えないので以下はポイントのみ記します。

~・代表的な自助グループは米国発祥の「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」であり、いま日本では230のグループが活動している(厚労省調査によるとギャンブル症の有病者数は全国で196万人)。医療従事者の中には「素人が集まってガヤガヤ語り合って何ができるのか?」と考える人も少なくないが、実際に見学すると誰もが目からウロコである。

・GAのミーティングはふつう週に何度か開かれる(多いところは週6回)。著者の患者には、ギャンブルを「やめ始めて」から毎日どこかのミーティングに出ている人もいる(そうでないとボートやパチスロに行ってしまう)。ギャンブル症者を入院させている病院では3か月の入院中に毎日ミーティングを開いている。

・机はロの字型に並べ、和室なら円く坐って上座も下座もなし。ミーティングは1時間から2時間までで進行役は回り持ち。順番に自己紹介するが各自が「アノニマス・ネーム」を名乗る。それにより属性が消えみんな対等になる。

・まずテキストの読み合わせを行う。テキストは「GAの成り立ちと歩み」、「回復のためのプログラム」(12のステップからなる)、「20の質問」(ギャンブル症の判定項目でもある)、「新しいメンバーへの提案」(該当者がいる場合)の4つである。

・ついで「回復のためのプログラム」からその日のテーマを選んでみんなで体験談を語り合う。例えばステップ1ではギャンブルに対する自己の無力性、同2は自己を超えた大きな力の存在、同3は自己の生き方を大きな力にゆだねる決心、というように認識の段階が示される。それぞれにいくつかの話し合いの項目(視点)が例示されており、参加者は自分の選んだ項目に関して思ったことや体験談を語る。

・発言(3分~5分程度)が終わると全員が拍手し、次の人が自分の選んだ項目について発言する。その際に決して他の人の発言に言及しないルールになっている。あくまで「自分はこう思う。こうしている。こんなことがあった」と語る。

・一巡すると進行役は「まとめ」や「むすび」の言葉を言わず、次回の日時を確認し、進行役の希望者をつのる。手が上がらなければ指名して閉会となる。閉会のまえに全員で「平安の祈り」を読み上げる(たいていの人は暗唱する)。その祈りは次の通りである。

・「平安の祈り」
神さま、私にお与えください。
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを。
変えられるものは変えていく勇気を。
そして二つのものを見分ける賢さを。

・こうした言いっぱなし、聞きっぱなしの会議がギャンブル症者の「三ザル状態」、「三だけ主義」を跡かたなく消し去る。他人の話は身につまされることばかりである。軽症者の話は自分の過去を、重症者の話は自分の未来を思わせる。やっぱり自分は病気だと納得する。一方で横領で刑務所に入った人が今はギャンブルをやめて10年たつ等の例も耳にする。

・発言しなくても拍手をもらい、何を言っても批判されない経験をするうちに貝のようだった人に発言しようという気持ちが芽ばえる。うそをつく必要がないので本音を語るようになり、本音トークが快いと知る。やがて他のグループから依頼されてスピーチに行くような人も出てくる。

・ミーティングは「今だけ」でなくずっと継続することが前提となっている。自分以外のメンバーは「断ギャンブル」に向かってともに進む仲間であると意識される。かつて自分が周囲から浮いていた分だけこの意識は強まる。またGAに加わった時、すでに金銭管理は親族に任せているので「金さえあれば」という状況と縁が切れている。

・GAの全国大会の際に著者(帚木蓬生)が「あなたにとって自助グループとは何か?」というアンケートを行ったところ「心の家族」、「孤独からの脱出」、「仲間の力」などの答えが最多であり、次が「自分の性格の欠点の確認」、「自分をふりかえる場所」、「生き方を見つめ直す場所」などであった。

・その他には「人間回復の場」、「自分が真実の姿でいられる場」、「自己肯定の場」、「永遠のワクチン」、「予防自覚薬」、「自分の体の一部」などの答えがあった。こうした感想が出てくる会議など例が少ないのではないか。また自助グループが掲げる最終目標は単にギャンブルをやめることではなく「思いやり」、「寛容」、「正直」、「謙虚」という徳目である。このことに私(著者)は感銘を受けている。~

 「ほんとうの会議」の第1章の要旨は以上のとおりです。えらい分量になってしまいました。著者がさらに言いたかった「ネガティブ・ケイパビリティ」や、私自身の感想については次回に書くこととします。ご覧のとおり「読みっぱなし」ですが、それもアリだと思わせる本でした。








 








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