2015/08/25

9)副市長退任のいきさつ ~私の引責と市長のお約束~

 副市長退任の背景をご理解いただくため、越市長への手紙を「関係資料1」として掲載しました。
 お手紙を差し上げて2~3日後(昨年3月中旬)、越市長の感想を伺ったところ「分かるところもあったが、分からないところもあった。そこはあなたと私の見解の違いである」という趣旨のお答えをいただきました。
 今回の掲載に際し私も改めて手紙を読み返しましたが、嘘はひとつも書いていません。あえて言えば、「すでに退任式の挨拶も考えてある」という部分だけは少し大げさ(言い過ぎ)でした。
 しかし、「越市長の岐路」を目前にして、副市長の職を賭けて市長に忠告を申し上げようとしたことは間違いありません。
 その理由は、当然ながら市民のため、他ならぬ越市長ご自身のため、そして職員のためでした。

 寄り道になりますが、市民、市長、職員という必ずしも並列関係にない存在(セクター)を引っくるめて「3方よし」の方向性を措定しうるのかという点について確認したいと思います。
 なぜ自明のことの確認が必要か。私には、越市長が、市民と職員を二項対立的に捉えておられ
るように思われてならないからです。すなわち、市民の利益は職員の不利益、職員の利益は市民の不利益という発想であり、越行革の底流にもこの考え方が流れている気がします(市民のために職員が汗を流すことと別次元の話として述べています。行革についてはまた後日に)。
 こうした二項対立的な見方は妥当でしょうか。

 そもそも職員は法令により市民のため、市長のために仕事をするよう規定されている存在です。
 そして仕事といえば公務しかありえず、公務とは市民のための仕事です。職員の働き甲斐、働く喜びの源泉は、自分の仕事が市民のために役立っているという実感です。市長への手紙にも書いたとおり、そうした存在である職員(および市役所という組織)のパフォーマンスを最大限に引き出して、市民のために良い仕事をさせるのが市長の仕事です。
 また同時に市役所は一つの事業所でもありますから、トップは従業員である職員の指導育成、心身の健康保持、福利厚生などにも努めなければなりません。これは職員が公務従事者であるかないかに関わらない「社長のつとめ」です。こうした二つの意味から職員を大事にしていただきたいと市長に申し上げました。
 以前、私はこんな話を聞きました。
 ある自治体の首長が交代しました。新たな首長は、前体制のナンバー2の人物(副知事、副市長、副町長のいずれか)に引き続いて仕事をするよう求めました。ナンバー2は「職員をどう思いますか?」と問い返したのです。首長は即座に「職員は仲間です。職員と一緒に仕事をしていきます」と答えました。それでお受けする決心をしたとナンバー2は私に語ってくれました。決してスペシャルな答えではありませんが、それを聞いて私は、そんなトップのために働ける彼を心底、羨ましく思いました。そうした自治体においては、住民、首長、職員の利益(というか目的)の方向性が食い違うことなく、行政機関もより大きな力を発揮できるという気がします。
 現実にはそれほど話は単純ではありませんが、自治体の首長の「職員観」というものはより良い行政を行う上で本当に重要です。(手紙の中身の繰り返しになってきました)

 話を戻します。
 市長に手紙をお渡しした後、事態は変わらないどころか一層悪くなりました。多数の職員から出された嘆願書は取り上げられず、部局長の意見書(後日ご説明します)は生かそうとされず、私をますます遠ざけられるようになりました。
 私は、市長と職員とのパイプ役、また行政経験を踏まえたサポート役を期待され副市長となったのですが、こうした状態では何の役割も果たせません。就任以来、一生懸命に市長をお支えし、最後通牒のような手紙まで差し上げたにも関わらずこの状態。もはやこれまでと覚悟しました。そこで、越市長に対し、このままでは副市長として満足な仕事ができない、ついては辞めさせていただくと申し上げたのです。
 越市長は最初、驚いて慰留されましたが、間をおかず行った再協議の時には既に私の辞任を受け入れる考えに変わっておられ、それ以後は、いつ、どんな理由で辞めるのかが協議のテーマとなりました。

 以下、やり取りの一部の要旨を記します。
 越市長は「一身上の都合」とするよう求められました。私は、この事態の端的な説明としては「市長との意見の相違」であると申し上げました。越市長は、「それでは職員が動揺するし対外的にもよくない。私が感謝の言葉で送れるような去り方をしてほしい」と主張されました。
 これに対し私は「辞めたくて辞めるのではない。事情を明らかにする」と申し上げ、協議は平行線をたどりました。ついには市長が「一身上の都合で辞めないのなら退任式を取りやめる」と発言されました。こうしたやり取りは昨年4月から5月にかけ断続的に続き、最後の協議は退任式のわずか数時間前のことでした。それから今日まで越市長にはお目にかかっていません。

 結果はご存じのとおり「一身上の都合」となりましたが、決して「脅し」に屈した訳ではありません。
 私が副市長として十分な働きが出来ず、辞めざるを得なくなったのは、第一に私自身の力不足であると思っています。副市長を生かすも殺すも市長次第ですが、私は越市長の信頼を得ることが出来ず、私の判断を尊重していただくことも叶いませんでした。その原因の一部が仮に越市長にあったとしても、私が免責されることにはなりません。副市長には、「努力したけれどダメでした」などという言い訳はありえません。与えられた条件のもとでどれだけの結果が残せたかが問われます。 また、人間関係は相互的なものです。越市長と私の関係が次第に悪化していったのは、私にも原因があったと思います。どんな時も私が越市長に対して最適の対応をとりえたかというと、答えは残念ながらノーです。もし私がもっと大きな力を持つ人間であったなら、ひょっとすると越市長は自身のお考えを改められたかもしれません。しかし現実にそうはなりませんでした。在職中、私はいつも自分の責任を感じていましたが、最後には責任をとって辞めるしかありませんでした。一方、選挙で選ばれた市長については、いずれ市民の判断に委ねられると思っていました。
 もう一つ大きな理由があります。
 それは、私の退任をきっかけとして、越市長が「今後は私自身が職員の意見、周囲の意見を十分に聞き市政運営にあたる」と私に言明されたことです。越市長が本当にそのとおり行動してくださるのであれば、あえて波風を立てないことが私の最後のお手伝いだと考えました。新たな体制がうまく回っていく上で市長と前副市長の意見の対立はマイナスですし、職員の士気にも関わると思ったのです。
 以上のとおり、副市長退任の理由「一身上の都合」は、「私の引責と市長のお約束」でありました。今、ことの次第を詳しくお話しするのは記事(7)に記載した事情のとおりです。
 私の退任に際しては多くの職員の皆さんにご心配をおかけしました。また議員の皆さまにもご心配いただいたり、側面的なご支援をいただきました。有難く、申し訳ないことと思っています。
 退任式ご挨拶の原稿データが残っていますので、この記事の関係資料として掲示します。
 職員の方々には「またか」の話で恐縮ですが、市民の皆さまにご覧いただけたらと思います。
 過去を振り返る話ばかり続きましたがこれで一区切り、今後はもう少し広く、大津市政について考えていきたいと思います。
 

   この画面上部のインデックス「関係資料」をクリックしてください  資料2





1 件のコメント :

  1. 市長は、教育長と同時期に副市長迄、自分のワンマンのせいで、辞めらるのが市民にばれるのが嫌だったんですね。でも、茂呂さんの気遣いや、市長に気づいてもらいたい、という親切心は届かなかったようです。その後の予算査定でも、市民の必要性をどれだけといても、難しいを3回もただ繰り返すのみで、意見には耳を傾けようとしません。市民への思いが、カケラも感じられません。市民の必要性よりは自分の人気に繋がる方を優先するので、地味で目立たない分野は無視され続ける事になるでしょう。市民の声を届けるための方略が必要ですが、今は、目立つと予算査定で、不利になるのでねえ…

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