2015/10/08

34)トウモロコシ?!?

 多数の閲覧とコメントを頂きどうもありがとうございます。私がご意見に逐一お答えすると「情報広場」ならぬ「対話」になってしまうので「ほどほど」が肝要と心得ますが、この辺りで少し思うところを記します。
(1)途中からご覧になっている方へ改めてブログの趣旨を一言
 このブログはトウモロコシ(倒茂呂越)であると喝破(?)された方があります。めっそうもないと思いつつ、それにしても上手いことをおっしゃると感じ入りました。
 冒頭にも書いた通り、私は、越市長の市政運営の実態を知る者として情報発信することが大津のためになると信じてブログを始めました。ただし人により様々な見方がありますから、頂いたご意見をすべて掲載して「情報広場」とし、大津のまちづくりに関する情報・意見交換の場となることを心から願う次第です。

 先日、元副市長が「暴露」記事を書いているとの報道がありました(報道の内容は私のブログに沿ってきちんと書かれていました)。おそらく驚かれた市民から市役所にお怒りの電話の2、3本はかかったかも知れません。もし対応された職員がおられたら許してください。
 「暴露」を広辞苑で引くと「さらけだすこと」とあります。さらけだすことが適切か不適切か、正しいか正しくないかは中身と目的によります。こうしてブログをするに至った事態については残念に思いますが、私は正しい事をしていると考えています。

 どうせならもっとズバリと書けとのご意見もありましたが、事実とその解釈を淡々と記述するというスタイルを守りたいと思います。簡明な文を心がけていますがなかなか難しいものです。ある友人からブログよりコメントの方が面白いと言われて複雑な心境になりました。
 トウモロコシは私の関知しない世界であり、有権者が判断されることであると思っています。
 途中からの方は、お時間があれば最初からブログ各ページをご覧いただきたいと存じます。

(2)議会の対応について
 越市長の市政運営のあり方は、これまでから議会で問われてきました。いま4年任期の終わりにさしかかり全体評価を行う時期ということで、議会の動向を注目する(或いは疑問視する)コメントがいくつかありました。私もまた2元制の一方の市民代表である議会への期待をもっていますが、それはページを改め後日きちんと書きたいと思っています。

(3)中学校給食について
 多くのご意見がありましたが、ここでは内部協議のあり方について書きます。
 従来行われていた給食の内部検討は、老朽化している東部調理場の建て替え計画に合わせ中学校給食(1万食分)を一緒に作るとすると用地は確保できるか?といったレベルのもので、実施を前提とした具体的検討に至っていなかったはずです。
 今回実施を表明するにあたっては、土地確保の確かな見通し(議会承認なく先行取得できないのであくまで「見通し」ですが)、ざっとした財政見通し、主な課題と対応の整理、ニーズの予備調査くらいは必要であったと考えます。これらは市民説明のうえでも重要な事柄ですがスケジュール的に見て恐らく不十分であったと思われます。

 細かい課題は事業を進めながら解決していけばいいのですが、スタート時の行政の意思決定に際して重要ポイントの熟議が無かったのではないか?越市長の「思いの強さ」ばかりで発表に突き進んだのではないか?と私は懸念しています。
 本年8月1日に発行された「こし直美後援会NEWS」には、主な取組みとして「中学校給食実施へ(現在準備中)」と記載されています。
 これが誠実な表記であるためには、行政がきちんとした協議・検討を行っていることと、その結果をしっかり市民に説明していることの2点が必要ですが実態は果たしてどうか。「空手形」を懸念するコメントもありますので、ぜひとも越市長のご説明を伺いたいと思います。

(4)ごみ焼却施設について
 もと職員であったといわれる方から長文のコメントをいただきました。廃棄物処理に詳しい方で、越市長のごみ行政について深く憂慮しておられるお気持ちが伝わってきました。また、別の方から私の事情説明を促すお声もあったので少し記します。
 ご存じのとおり、ごみ処理は「焼却」と「埋め立て」を2本柱です。
 南部に大きな最終処分場(埋め立て処分場)があるため、大津のごみ処理体制が北部、中部をあわせた3箇所体制であることに変わりはありません。ただし目片市長の時代、関係者のご尽力によりようやく建設同意を頂いた南部の焼却施設(南部クリーンセンター)の計画を白紙撤回したわけですから、「焼却施設2か所体制」に大きく舵を切ったのは越市長ということになります。

 投稿者は2か所体制にするなら北部と南部にすべきであったとのご意見ですが、ごみの発生源である住宅や事業所が中部に多く南部に少ないことから収集運搬のコストなどを考慮して、北部と中部の2か所にすることとなりました。これにより南部での用地購入が不要になりましたが、中部では敷地を生み出すため温水プールを移転させることとなりました。
 このプールは設備面の老朽化が進んでおり、アクセスや土地利用の面からも移転が望ましいと考えていましたが、私の在任中は結論が出ていませんでした。その後、余熱利用について蓄熱物質を運搬するプランも検討されたことと思いますが詳細は私には分かりません。

 2か所か3か所かという比較検討の過程において、越市長が強引に誘導したり検討結果を捻じ曲げたりされることはありませんでした。もしそんなことがあれば私が阻止しています。まったく別の案件の際、越市長が委託先と直接やりとりされたことがあったようですが、幸いごみ施設に関してはなかったと思います。
 むしろ私が問題であると考えていたのは、地元の方々の信頼されるような市長としての姿勢です。この件で様々な協議を行った地元の方々が、為政者としての責任感や配慮の不足について大きな懸念を表明されました。環境部職員の努力もあり最終的にはご理解をえて事業が進みつつありますが、今後とも各種の地元協議が続きます。市長が誠実に丁寧に地域と向き合う姿勢が重要だと思います。

 問題のもう一つは、市の職員(内部の技術者)に対する信頼が薄く、外部のコンサルタントばかり信頼される傾向が目立ったという点です。結果的に内部の試算と外部の試算が一致して市長が納得された訳ですが、このために多くの時間と職員の手間暇が浪費されました。
 高度に専門的あるいは特殊なものは外注すればいいのですが、もっと職員を信頼し活用しなければ勿体ないかぎりです。越市長の職員不信は一貫しているように思います。
 いまのごみ焼却施設はいずれも古くなっており、巨額の改修費を使いながら運転しています。
 そのためにも早くスムーズに新たな施設を作ることが重要ですが、ここで指摘したような地元協議や内部検討に長い時間を要したことは出費にもつながる問題です。もちろんこれらはコストの比較検討の対象外です。

 私の手元に関係資料がありませんので、具体数値を出していませんが取りあえず私の見解とさせていただきます。ご存知の方から補足していただくと助かります。
 今回は教育シリーズまで手が回りませんでした。








  






23 件のコメント :

  1. 越市長の後援会があるのですか。
    まだ支援する人がいるのですね。
    ところで、こちらへのコメントは市長本人ではなく後援会長でも良いと思います。
    期待しています。

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  2. 越市長と協議してきた地元の住民です。
    市長は交代しても行政には継続性があるはずですが越さんは前のことは知らん顔でした。地元と行政の覚書でも平気で撤回して、私は市民の信託を受けたから何が悪いという態度でした。選挙結果は重要ですが傲慢であると感じました。迷惑施設を引きあげるのに何の文句があるのかと言わんばかりの態度でした。法的にはそうかもしれませんが不誠実であると感じました。若い女性で見た目はソフトに思う人もいますが傲慢さを感じました。人間性の問題です。行政も会社も結局人間性ですが越さんには感じられないのが残念です。

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    1. 地元は大石学区でしょうか。
      出来れば明記して頂けると、事実がより明確になると思います。
      とにかく、覚書を勝手に撤回ということは、文書でさえ信用ならないという事ですね。
      口頭であれば、なおさら、という事でしょう。

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  3. 越市長が一方的に覚書を撤回したのは大石学区です。結果、焼却施設が今の施設を最後に無くなるということになるのである面は歓迎なのですが、それなら最初から話を持ってくるなということです!市長が変わったらそれまでなら、これから地元は4年の約束しか出来ません。状況が変化するのはわかる。ならば最高責任者が出てきて人間の言葉でしゃべれということです。人間味を感じられたのは副市長以下の人びとでした。だから許すのではないが、信頼感がなければ話がはじまりません。ほかの地区も同じこととおもいます。なんか大事なものをどこぞに忘れてこられたみたいなお方と見受けます。そういう目で見るとブログの書いてあることが全部当たってるとおもいます

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  4. 失礼致します。

    市役所職員として長年働いて来られた方々にとっては自明のことも、民間人からすると非常識であることが多いでしょう。その最たる例が日本全体の財政赤字です。そして、一市町村だけが財政的にマシであっても、継続可能ではありません。長年の常識とは全く異なる次元での行政の縮小が必要であり、そのためには過去の行政運営の否定が不可避です。しかし本ブログでは、過去の否定を進めている大津市長を非難する内容になっており、時代に逆行しようと藻掻いている様がまとめられていると見受けられます。本ブログの以下の文が時代に逆行しております。

    > 道路整備はまちづくりの原点と言っても過言ではありません。

    自動車が普及しつつある時代の話です。現在は自動車の数を如何に減らすか、如何に道路整備を不要にするかが重要なテーマです。

    > 越市政に何がしかの偏りをもたらしているのではないかと懸念するものです。

    満遍に予算を配分するのは、田中角栄時代から始まった高度経済成長期の話です。住民サービスの公平性を大幅に損なわない範囲において、優先順位を付けることがお金のない時代の予算編成です。

    > 市長による実態無視の時間外手当削減指示により、職場では「上司を困らせないための無届残業」や「持ち帰り仕事」が発生していると聞きます。

    実態に即した時間外手当を放置すれば、時間外手当は増え続けます。時間外手当削減指示により、各職員が勤務時間を減らせるように工夫するのが、社会人としての態度です。

    > 教育委員会がまったく要求していなかった英語教育の新事業実施を主張されたのです。
    > もし、越市長が、どうしても英語教育を充実させたいと望まれるなら、まず理念のレベルで教育委員会に伝え、現在の教育目標や教育課程から見てどう評価できるかについて謙虚に「耳を傾ける」ところから始められるべきでしょう。
    > 子どもが国語を学びコミュニケーション能力を高めることと、その能力を発揮し地域での日常の生活を通じてアイデンティティの獲得を図ることを目的としたこの時期の国語教育は、同時にグローバル人材の「原石づくり」の側面をもっています。

    英語を長年習ったにも関わらず、英語ができない日本人が大半であり、小学生時代には国語が英語よりも重要だと考えている人が大津市の教育委員や役所職員に多いのであれば、丁寧に英語教育の充実を訴えても進歩が得られない可能性が高いことは、上記の文が証明しています。

    > 企業経営と自治体運営は本来的・原理的に異なるものです。両者を同一視した自治体の運営姿勢は不適切だであるというのが私の意見です。

    大津市長が両者を同一視した根拠が書かれていません。「そんなことは民間では考えられない」という発言を何度も聞かされた経緯があれば、大津市長が両者を同一視しているように感じるのは自然なことですが、部外者であるブログ読者からすると、大津市長が両者を同一視していると判断できません。



    最も重要な点は、市役所職員時代には全く興味がなかったであろうブログに対して、一住民のみの立場になったら積極的に活用し始めたあなた様が、過去の否定をなさっているということです。そしてブログアクセス数が増えたことを喜び、過去の否定にとどまらず、新しい状況への適応をなさっているのです。

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    1. このコメント、読みごたえあるのに、不親切がもったいない。。
      文章を引用してきた記事の番号とかなにか目安がないから、ブログ読み直してどこの文章なのか探さないといけない。
      賛同するにも反論するにも、記事の文脈全体を読み直さないといけないから、どの記事からの引用なのか示してほしかったなあ。

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    2. 小学1年からの英語教育の件ですが、予算編成権を武器にそれを教育委員会に事実上強制するのは、当時の学校教育法体制度や理念に反しているのではないかと思うのですが。詳しい方のコメントが寄せられればありがたいです。
                                            --- ギャベジン

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    3. わたしは貴殿の意見に賛成です。
      茂呂氏の回答を是非伺いたいところです。茂呂氏なら理解できないはずはないと思います。
      これは茂呂氏へのファンレターの意味でもあります。大転換して越市長を支援して欲しいです。

      市役所の職員が先輩の指導で価値観がつくられるのは仕方がないのでしょうが、
      それが、市長のビジョンをい汲み取って「いわゆる原点を疑う」職員を着実に殺しているのが
      現実ではないでしょうか。職員の質も窺い知れますが、まったく「いなか大津」では残念です。
      教育改革について、どこぞの市長が「迷惑」との発言もありましたが、それでこそ良いことで、
      「人のらやならない、やれないうことをやる」の越市長の真骨頂ではないでしょうか。
      教育委員会のシステムは、やはり根本的に考えなおしてみるべきでしょう。
      英語もパソコンも、やらない堅物の化石人間、「苦手でね~」で簡単に逃げている無責任大人
      達が委員先生となって話し合ったら、茂呂氏の考えにうまく収まることでしょう。
      「原石づくり」の考え方や手法をこそ、根本的に疑うべきと思うのですが...。世界常識の英語や
      インターネットの大きな影響を本当の意味で理解していないような気がします。
      大津だけのことではなく、日本全体の問題でしょうか。
      子供たちはすでにインターネットで世界に飛び込まざるを得ない時代ですのに。
      茂呂氏の大転換を重ねて期待します。
      穿った発言お許しください。

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    4. 私はこのコメントは議論のすり替えのように感じます。

      教育の問題は、英語の重要性を説くべきとのことは肯定しやすいでしょう。
      しかし、次の市長が、やはり英語より理数系だ、高度な算数を小学生からやらせなさい。英語の予算は削ります、算数、理科の予算を付けます。となれば、予算権が市長であるとの関与は、子供の、教育内容に大きく影響します。
      問題は英語ではない。子供の教育への影響から、その変更は政治家ではなく独立した教育委員会が担うべしとの現在の法制度を、法令遵守を進めるべき市長が、時代に合わないからという個人的な考えで無視するということが問題なのです。

      残業手当についても同じです。
      効率性の向上、時間外労働削減を推し進めることは何ら問題はありません。
      実際に時間外労働が発生しているのに、予算が限られているのでその手当を出さない。時間外労働の申請させない、その現在の法制度を無視した行為が問題なのです。

      人のやらない、やれないことをやる。大いに結構。しかし、市長として法制度を遵守すべし。むしろ個別の条文に禁止と書いてなくても法の趣旨から問題である事は行わないべきです。
      それとも弁護士さんは、そういう法律の捉え方なんでしょうか。
      それではブラックな企業家となんら変わりがありません。

      法律に文句があるなら、立法機関に行くべしです。

      最後にブログについてです。
      ブログ大いに結構。
      現職時代にブログなんぞ出来るわけがない。組織人なんですから。

      辞職後の暴露なんて、市長の部下掌握の手腕が如何に下手くそかがよく分かる証拠です。
      それも幹部中の幹部が二人も。

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    5. >教育改革について、どこぞの市長が「迷惑」との発言もありましたが、
      というのは、湖南市の谷畑市長ですね。産経新聞の記事によると
      >谷畑市長はフェイスブックで、越市長が教委制度を変えると主張していることに触れ、「きちんと制度運用している自治体からみれば迷惑な話」
      とのことで、文脈は、大抵の自治体は教育委員会と良好な関係を保ちつつ市長の政策を実現しているわけで、いたずらに対立の構図を作り出すのは異常、との意味でしょう。
      実際、市長には予算権も事務局の人事権もあり、かなり強力に教育委員会をコントロールすることが可能です。逆に言えば教育委員会が形骸化しているとも言えますが、そんな中で対立しているのは、よほどのことでしょう。穿った見方をすれば、あえてわかりやすい敵を作って世間の注目を集めるためとしか思えません。わかりやすい敵を作るのは古今東西有効な手法には違いないのですが・・・

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    6. 今までの記事を読んで、越市長が「原点を疑い」人のやらない事を何かしたとは思えないのですが、具体的にどういったことでしょう?
      インターネットも英語もツールだと思います。道具を重視すぎるのは成長を阻害するように思います。
      何かのインターネットで作り方を調べるのと、試行錯誤を繰り返し自分で学ぶことは違います。
      インターネットでwikiを読むのと、原典を読むのは、レベルが違います。
      英会話も同様。
      と、私は思いますが、専門家は色々判断が異なるとは思います。

      まぁ、政治家が教育に踏み込むと被害者は子供です。国民です。
      その反省から戦後の教育委員会の仕組みが出来たと聞いておりますが、、、
      もう、不要なんですかね、この反省は、

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    7. わかりやすい敵を作る、ですか。なるほど、当たっていそうですね。
      いじめ自殺事件では教育委員会と中学校に強制捜査が入りました。普通なら任意による資料提出程度のところ、他に例を見ない異常事態でした。あれで教育委員会はかたなし。さらに、市長のたちあげた第三者委員会は、家庭環境も自殺の一因とした教育委員会の主張を退けました。大津市教育員会は能力がゼロなのだと世間は受け取ったことでしょう。
      教育委員会とのギクシャクをおそれない市長のほうが有権者に支持されやすい流れがあのときに固まった気がします。教育委員会の反発や不賛同を引き出す政策がむしろ市民へのアピール材料になってくれるムードが大津市に生まれました。
      いじめ自殺を二度と生み出さないためにと願う気持ちが風化するいっぽうで、どうせまたろくでもない理由で教育委員会がゴネているのだろうというイメージだけが継続しているように思えます。

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  5. 上記に対して、茂呂さんはどのように考えられますか?

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  6. 言語の機能って、会話の道具だけですか?
    その実用性だけを狙えば、できるかぎり早期から英語教育をスタートさせたほうが効果大でしょう。

    でも、誰だってみな、言葉で脳みそを動かしてませんか?大げさに言えば、言葉によって世界を認識していませんか?この場合の世界は、世界観とかいうときの世界です。世界選手権とかの世界ではなくて。
    言葉の役割は会話にとどまりません。私たちは言葉を介して世界を理解しています。

    つまり、私が言いたいのは、この賢さと英語を自由に使いこなせる賢さとを比べた時、どちらがより人間にとって普遍的な賢さなのかを考えようです。

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  7. Tsuda Shoukenさん

    越直美市長は過去の否定を進めているのですか?ものは言いいようだと思いました。

    さて、「道路整備はまちづくりの原点と言っても過言ではありません」という茂呂氏の言葉を引用し、「自動車が普及しつつある時代の話です。現在は自動車の数を如何に減らすか、如何に道路整備を不要にするかが重要なテーマです」と反駁なさっています。

    この言葉は、大津市政8の「財政運営と予算編成~ 歳出バランスの課題」のなかに現れます。
    茂呂氏のいう道路整備がモータリゼーション発展を目指したものかどうかは、あの記事では判別できません。何か具体的な事例を踏まえた言及だと思いますが、クルマ社会のための道路整備ではなさそうな気がします。
    このブログの底には茂呂氏のまちづくり哲学が流れていると私は感じています。あの記事においてもまた然りで、まちとみちの関係性に対する茂呂流の洞察が「道路整備はまちづくりの原点」という表現になったのだろうと解釈しています。

    ただ、あの記事の趣旨を「道路整備はまちづくりの原点」に集約するのは間違いです。
    茂呂氏は、待機児童解消策を実例に、越市長の予算消費が恣意に流れやすい傾向を指摘しています。投機的経費の重要性を示すために道路整備を持ち出しているのは、扶助費だけがよりよいまちづくりの不可欠要素ではないという観点をより強調するためです。

    したがいまして、Tsudaさんには、越市長の待機児童解消策についても論評してもらいたかった。
    「長年の常識とは全く異なる次元での行政の縮小が必要であり、そのためには過去の行政運営の否定が不可避」という大命題を掲げておられるわけですが、越市長の待機児童解消策はその大命題にどう合致しているのでしょうか。越直美市長が過去の否定を進めているとおっしゃるのですから、Tsudaさんであればこの論評ができるはずです。

    あまり長くなるといけませんので、終わります。

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    1. よく、水と安全はタダ、と言われますが、今現在そこにあるものは、何もしないで放っておいてもずっとそこにあるものだと思ってしまいがちです。
      当然のことながら、道路も放置すればひび割れ、穴が開き、側溝は壊れ、いずれは草が生え車どころか人でさえ通るのが困難になることでしょう。今ある道路が今のように通りやすく維持されているのは、多額の経費と人手をかけているからに他なりません。新たな高速道路を建設する必要がないというのであれば同意しますが、市町村がやっている道路整備は基本的に生活道路の維持管理、側溝の蓋かけ等の地味なものでしょう。確かにこれをやってもかっこよくはないですが、待機児童解消や英語教育のために将来、道路がボロボロになっていくのを見るのは、どうにもやるせない気がします。

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  8. 蔦田恵子県議が大津市長選への立候補を表明しました。そのせいかどうか、越市政を支持するコメントが少し出てきました。

    大津市の中2いじめ自殺事件は教育委員会への批判が高まる結果となりました。あれを機に、安倍政権は、教育委員会に対する首長の権限強化を目指し始めました。越市長は、いわばお膝元の首長です。

    いじめ事件のときに報道された教育委員会の実態はたしかにひどいもので、こんなに無責任な奴らの集団だったのかと、私も強い憤りを覚えました。
    越市長の教育委員会に対する不信感はあれを契機に始まったのだと私は見ています。以降、越市長は、国による首長の権限強化制度を待たずして、実アクションに訴えて強権をふるってきたように見受けられます。小1からの英語教育スタートの件も、中学校給食実施宣言も、そうした実アクションの一環として私は捉えています。

    したがいまして、教育委員会潰しともいえる越市長の前のめり姿勢については、あのいじめ自殺事件と切り離して論じることができないと私は考えています。こと大津市に限っていえば、市議会も面と向かって市長の越権ぶりを非難しにくい環境があります。

    また、あの事件では、教育委員会事務局の悪辣な事なかれ主義体質も明らかにされました。その事務局のヘッドにあたる澤村教育長が辞任したことに対して、茂呂氏は沢村氏への同情を示しています。しかし、茂呂氏の同情を不思議に思う人も多いことでしょう。加えて、沢村氏に同情を示すということは、あの時点ですでに越市長との反目関係が始まっていたのだと見ることも出来ます。
    いじめ事件を巡るあれこれは、越批判を展開するかぎり、いずれ避けて通れない問題として浮上するのではないかと思われます。茂呂氏がなにゆえ沢村氏に同情したのかは、これもまた、何か真相を語る鍵となりそうな気がします。

    私はこのように思いますので、Tsuda氏や「わたしは貴殿の意見に賛成です」氏が示す観点から、英語教育早期スタート問題の是非を論じる気にはなれません。つまり、英語の大切さやインターネットの大切さを深く理解していない者が英語教育早期スタートに抵抗するという見方は雑にすぎないかと思うのです。

    教育委員会の形骸化はたしかに存在すると思いますし、だからといって教育に対する首長の権限を強化することが真の解決策なのかということも考えなくてはなりません。しかし、こと大津市に限っては、いじめ事件をめぐって越市長と教育委員会の間で何があったのか、内実をもっと知る必要があると思います。

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    1. 事件のあった中学校の保護者です。澤村教育長が校長であった時も知っております。事件当時の状況も子どもが在校していましたので、ある程度存じております。亡くなられた生徒さんはかわいそうだと思いますし、いじめを肯定するものではありませんが、それでも私は澤村教育長があのような形で辞めざるを得なかったことが残念でなりません。
      「悪辣な事なかれ主義体質」と断じられています、確かに報道だけ見ていればそう写ったと思います。しかし、私としては、なぜ、奥歯に物の挟まったような言い方しかできなかったのか、話す用意もできていないようなしどろもどろの会見であったのか、想像に難くありません。裁判にもなっている問題ですし、亡くなられた子の本当の心の内は伺いしれませんので、これ以上書きませんが、お察しください。このように思っている保護者は他にもおられると思います。誰かが述べておられるように越市長が「対立の構図」を作り出して、裁判の被告の立場を逃れようとしているようにも見えました。
      それよりも、私はその中学校の卒業式で、越市長のあいさつが非常識な内容であったことが、今でも忘れられません。新聞では「市長が涙ながらに自らのいじめ体験を語った」と美談のように報道されていましたが、あまりに場違いで卒業式にふさわしくないものでした。抗議のメールを送った保護者もおられると聞きました。
      自分の体験と重ねられてどうしても言いたかったのかもわかりませんが、大人として、ましてや責任のある立場として良識ある判断とは思えませんでした。なので、私は、市長のいじめ対策について、懐疑的にしか見られません。「いじめをなくす」というどこから見ても正しいスローガンの前に、市議会もマスコミも職員も市民も反対できなくなっているような気がしています。学校で「いじめ対策」が本当に機能しているのか現職の先生方には聞いてみたいです。

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    2. 幼稚園での卒園式でも、代読された市長挨拶はいじめ事件への取り組み状況でした。
      幼稚園の卒園児に贈る言葉なんでしょうか、、、パフォーマンスもここに極まった感があります。

      ところで、いじめ事件は大津市の教育を再考するに辺り避けては通れませんね。私も親として、この事件への憤りと経過に疑問符を持っています。
      詳細な情報は非公開なのでわかりませんが、事件が2011年11月、越市長の就任が翌年1月。越市長は辞職した沢村元教育長をわざわざお願いして再任させたと聞いています。
      このような重要な事件について、市長の引き継ぎは無かったのでしょうか?
      教育委員会との協議は無かったのでしょうか。
      ない訳がないと思います。
      いくら本当に当時の教育委員会がダメで隠蔽体質であっても、こんな数ヶ月前の事件を報告しない訳がありません。
      もし教育委員会が報告しなかったとしても、広報の担当や人権の担当から引き継ぎがあるはずです。
      私は越市長がそれを意図的、または無意識に流されたのではないかと思っています。
      本当に命、子供、教育を大事にしていれば、見逃すはずがありません。
      これは全ての親が同じ思いでしょう。

      でも、対策がなされたのは報道があってから。
      そして、報道されてからは、知っての通りです。

      何故、気付けなかったのか。それも法と人権の守護を行う弁護士が、報道まで。

      誤解なきよういいますが、この事件は許せないものです。報道後の教育委員会と学校の対応はお粗末としか思えません。
      だだ、市長はなぜ、報道まで黙っていたのか、それが疑問です。
      中学生が自殺した、学校はイジメはなかったと言っている。
      んじゃ、原因は何なのかしらべろよ!
      虐待など、もっと悲惨な何かが隠れていたら、さらに問題だろうがよ。
      亡くなった子供は大津市の子供だぞ、なぜそれを聞き流せたんだ、と思うんです。

      ですが、このブログを読んで少し納得したところがあります。
      越市長は興味がなかった、もしくは、良いアピールにならないから、黙殺したのではないかと。
      個人的感想ですが、、、越市長の言動からはそのように想像出来てしまいます。
      そんな人が影響力を振るう小学生に子供を通わせるのは、凄く怖いです。

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    3. すいません。最後は小学校の間違いです。

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  9. 上のほうにあるコメント(Tsuda Shoken@Goshojyuku氏)の次の部分について、私の思うところを申し述べます。


    > 企業経営と自治体運営は本来的・原理的に異なるものです。両者を同一視した自治体の運営姿勢は不適切だであるというのが私の意見です。

    大津市長が両者を同一視した根拠が書かれていません。「そんなことは民間では考えられない」という発言を何度も聞かされた経緯があれば、大津市長が両者を同一視しているように感じるのは自然なことですが、部外者であるブログ読者からすると、大津市長が両者を同一視していると判断できません。


    あの回の越市政分析は、論旨がいまひとつ鮮明ではありませんでした。茂呂氏は、内田樹の著書から得た着想であることを書き添えています。よく消化しないまま応用を試みてしまった結果だなと私は感じました。

    Tsuda氏の場合、「そんなことは民間では考えられない」という越市長の発言が誤解を生んだのではないかと考えておられるようです。けれども、あの記事において茂呂氏が重視しているのは、「私の政策に文句があるなら次の選挙で落とせばいい」という発言です。このような発言の裏側には企業経営と自治体運営の根本的な違いに対する認識不足があるのだろうと茂呂氏は受け取り、その憂慮を記事全体に散らばせています。

    「私、企業経営と自治体運営を同一視してますねん」と越市長自らが発言したという事実は書かれていませんから、その点においては、Tsuda氏がご指摘になるように、同一視の確たるエビデンスはありません。
    また、「私の政策に文句があるなら次の選挙で落とせばいい」と言ってはばからない越市長を内田樹的切り口で分析しようと試みた茂呂氏ですが、まだ理屈の筋道が練れていないままになったのだと思います。もう一回書いたらもっと上手に書くことでしょう。

    でも、茂呂氏の越直美分析手法がイマイチであろうがなかろうが、それとは別に、「私の政策に文句があるなら次の選挙で落とせばいい」と臆することなく発言する越市長は現にいるわけです。市民の負託を受けた責任感を自覚しているのなら臆するのが普通ですが、臆さないわけです。そういう市長の姿勢はよくないのじゃないかということが何よりもの問題点ですから、この場合、Tsuda氏が茂呂氏を降参させたところで越市長の正しさを証明したことにはならないわけです。

    市長個人の頭のなかに浮かんだことがそのまま民意かといえば、そんなはずありません。「価値観の異なる多くの人が、時間をかけ、多くの事物を介在させて進めていく『まちづくり』は時に正解が一つと限らない大きな営みです」と茂呂氏が大津市政5~市長としての姿勢 ②まちづくりへの認識~で述べているように、民意を計るのは並大抵ではありません。
    民意を計っても、計っても、100点満点の正答に行き着くことなどあり得ませんが、それでも市長には、その時点におけるベストアンサーだと確信できるところまでは全力を尽くしてもらいたいものです。自分に一票を入れてくれた人がいて、入れてくれなかった人がいて、その全体の結果を反映して誰かが市長のポジションに就きます。市長は入れてくれなかった人の負託も受けるのですから、そうした民意のなかに自分の価値観では考えつかないような期待が含まれる蓋然性を想定しておかなくてはなりません。

    その市長が「私の政策に文句があるなら次の選挙で落とせばいい」というようなことでいいのか。私はいけないと思います。「住民サービスの公平性を大幅に損なわない範囲において、優先順位を付けることがお金のない時代の予算編成」とTsudaさんがおっしゃっています。その公平性実現にもかかってくることではないでしょうか。




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  10. 「⑷ごみ焼却施設について」への反論・・・その1

    収集運搬コストを考慮して南部を中止し中部にしたとのことですが、運搬コストは中部への方が安いのは当然です。しかし、前回示した藤井議員ブログに詳しいように、収集運搬コストの計算結果にも疑義があります。すべての関連する経費を正しく算入して公正な比較検討をすれば南部が同等以上に有利であったはずです。

    南部での用地購入が不要になったとのことですが、中部のように狭くてもよいのなら計画変更して現大津クリーンセンター敷地で建て替えが可能だったのです。未利用の隣接土地開発公社用地も使えました。

    中部処理施設用地を確保するため設備の老朽化した温水プールを移転とのことですが、機械設備(特に水関係)は20年もたてば老朽化して当たり前で、老朽化した部分を更新しながらプール施設全体を使用していくのが普通です。また、施設用地確保のための温水プールの移転なら、「別事業だから・・・」などと言わないで当然にその費用を含めて比較検討すべきものです。既に富士見の新池を移転先に決定して事業が進められていますが、その全体経費は一体いくらかかるのでしょうか。

    検討過程で越市長の強引な誘導や捻じ曲げはなかったとのことですが、私の聞いているのとは少し違うようです。

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  11. 反論・・・その2

    これらの検討業務は民間のコンサル業者に委託しただけで結論を出していますが、なぜ第三者委員会、既設の廃棄物審議会などによるきちんとした検討を行わなかったのでしょうか。市議会議事録では平成24年12月議会で「一度立ち止まって検討する」ため業務委託料の補正予算を認めてもらい、25年2月議会にはもう2施設体制の方針決定を報告していますから、時間の関係で余程急がざるを得なかったということでしょうか。そうではありません。実際には平成24年度当初予算の他事業から費用を流用して年度の初めから作業を行っていたのですから、第三者機関等でまともな検討ができたはずです。

    とは言うものの、環境美化センター建て替え事業は環境アセスの半ば以上まで進み、大石学区の信頼を失くした今となっては後戻りもできないでしょう。来年1月に市長が交代して、この問題が外部専門委員による第三者委員会によって公正に検証されることを切に願います。

    ―――― ギャベジン

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