大津市政の現状についてシリーズで書いていますが、今回は「信頼」についてです。
他者を信頼する、あるいは信用するということは、受動的ではなく極めて能動的な行為だと思います。リスクを伴うこともあるでしょう。しかし、「信頼」がなければ多数の共存は難しいと考えます。
私は、倫理的な徳目としてではなく、組織の長に求められる「信頼する力(あるいは覚悟)」のようなものを念頭において記述しています。詳しくは下記をクリックして「大津市政」のページをご覧ください。ページが開かなければお知らせください。
大津市政3(市長としての資質・信頼するということ)
地元を変えるのは、よそもん、若もん、馬鹿もんであるととよく言われます。越さんは、ひょっとしたらめちゃ高いポテンシャルを秘めているのかもしれません。でもやっぱり他人の言うことには、耳を傾けなくてはね。コミュニケーション能力は、結局きくことなんですよ。わたしの高校の同窓生ですがアナウンサーとして長くインタビューの仕事をやってきて今はケアマネで高齢者との意思疎通に腐心している女性がいます。彼女がそういってました。越さんは英語能力を重視してるけど、何語を勉強するかの問題ではない。それより前に、コミュニケーション能力を伸ばすことが大切だと、彼女はこのようにも言ってました。というようなことから考えると、コミュニケーションとはこういうもんだ、という感覚において、越さんと世間一般との間にはおそらく大きな隔たりがあることでしょう。ただね、市職員の不満を根拠にして市長はダメだと結論づけることはできません。越さんの、資質などがこんな風に市の仕事の妨げになってこのようなサービスが実施できず、このような市民層がかくの如く不利益を被ったという実証ですね。越さんがいなければ、このように素晴らしい成果を上げられたのだと市職員が明確に主張できれば、市役所外への訴求力と説得力が生まれます。
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