2015/09/22

28)越市長がブログに登場?!?

 「教育行政」の途中ですが、たくさん頂いたコメントを踏まえて少し記述します。
 越市長に関するコメントが多いことは、いま「大津市政」の連載中ですから当然でしょうが、どなたかの指摘にもあったとおり(私も市長への手紙に書きましたが)、越市長は大変注目度の高い市長です。批判か称賛かは別として注目度が高いのは、多数に訴えかけることが重要な首長にとってとても有利な条件であると考えます(いずれ越市長の「優れておられる面・美点」についても記述する予定ですが注目度の高さもその一つです)。

 そうした中、このブログに対し越市長ご自身がコメントを投稿されてはどうかとの意見が複数ありました。
 ブログに関しては、すでに先の市議会において藤井議員が「ブログに書かれているのは事実か?ブログを踏まえ反省する点はあるか?」という質問をされました。
 これに対し越市長、認識の違いを指摘されたうえ、一個人のブログに対して論評を差し控えるという趣旨の答弁をされました。
 どのような反論が展開されるかと待ち構えていた私としては肩透かしを食った思いでしたが、越市長のお立場も分からないではありません。
 そこへ今度は、議場ならぬブログにおいて直接に意見表明されてはどうか?とのコメントが寄せられたわけです。
 どうなさるかはもちろん越市長のご自由ですが、ブログを主宰する私としては大歓迎であることをここで申し上げておきます。
 特に、越市長が「言われっぱなし」であるというご意見も、少数ながら頂戴しています。越市長からご意見をいただくことはブログの趣旨にも合致します。もしご本人が投稿される場合は、あらかじめ私にご連絡いただけると間違いを防げると思います。
 私から越市長に投稿をお願いするのは失礼なことと思いこれまで遠慮していましたが、今回のコメントに対して私の態度表明をしたほうがよいと考えここに記す次第です。

 次に取り上げるコメントは「公開しないで下さい」と冒頭に書かれた私あての手紙のようなものでしたが、特養待機の記事に対して、児童の「隠れ待機」もあるという指摘でした。私の判断でその部分の趣旨だけ紹介させていただきます(コメントそのものは削除しました)。
 その内容は、「越市長のマニフェストには幼稚園の3年保育(3歳児保育)が書かれていた。行政内部でも以前から検討されてきたことである。ところが越市長は保育園にばかり力を入れ、幼稚園の3年保育を進めようとしない。結果として幼稚園教育を受けられない児童が1,000人ほどいる。これは公立幼稚園の4歳児の人数とほぼ同じである。隠れた待機児童となっている。保育園にも幼稚園にも市民のニーズはある。皆さんで議論してほしい」というものでした。
 私は書かれた内容を代弁する立場になく、明白な虚偽でない限り詳細確認を行っていないことは、公開している他のコメントと全く同様です。
 しかし、市長マニフェストに3年保育が掲げられていたこと及び、公立幼稚園の3年保育の実現を望む声があることは事実ですし、一方で待機児童対策にも役立つことから、これまでにも市長と教育委員会との協議テーマとなってきました。
 越市長は、3年保育を実施している私立幼稚園があること、公立幼稚園は定員割れの状況にあることから、これを実施するお考えはないと思われます。一方で保育園整備には大変積極的ですが、次々に新しい施設を作り維持していくことは大きな経費負担を伴います。
 既存の幼稚園の潜在力を生かすことは、市民ニーズに応え経費節減を図るうえでも意味があると思います。
 越市長は、なぜか保育園に比べて幼稚園に対する評価が厳しすぎますが、幼稚園の3年保育を積極的に検討されてはどうか、これは私自身の意見です。

 越市長のマニフェストに関しては逆のコメントもありました。つまり、マニフェストに掲げていない市民センターの統合や図書館の民営化についての疑問です。
 越市長としてはマニフェスト項目である「行革の推進」の一環かもしれませんが、市民センターは学区のあり方にも関わる大きな問題であり、図書館についても重要な施設であるからこそ協議会であり方の議論が重ねられてきました。ご意見はもっともです。
 いずれも公式見解は「現在検討中」なのでしょうが、こうした重要課題について多数の英知を生かし丁寧な議論を行うことが重要であると思います。







 
 
 

7 件のコメント :

  1. 長いので3パートに分けさせてください

    パート1

    越市長の登場ですか。
    私は、他の人達とは違って、お願いして来てもらうものだとは思いません。市長で居続けたければ茂呂氏の批判を論破せよ、という考え方です。このブログの現在の流れを見ていますと、越市長が茂呂氏の批判を放置するのは不誠実だといえるところまで来たと思います。

    茂呂氏は1975年から2012年までの37年間、大津市職員を続けてきました。その後、大津市の副市長に就任し、2年間、越市長と市職員の間に立って市政の仕事をしてきました。大津市職員と副市長の経験に基づいて、このブログで越市長批判を展開しています。いろいろな市長の市政運営を知っている茂呂氏が、越直美さんは市長の資質に問題ありと再三再四にわたって述べています。

    茂呂氏の批判は、思想信条の吐露ではありません。副市長時代を振り返る述懐でもありません。
    越市長をそばで支えた具体的事実を踏まえ、予算など市政に関わる現実の指標も示しつつ、こうした点が市政の進め方としてよくないのだと、公務の内情に即した見地から越市政を検証しています。公務を受け持つかのごとくというのか、職場で対話するかのごとくというのか、茂呂氏の越市長批判は、副市長の役職経験なしには成り立たないものであり、内情をよく知る者だけが語りうる中味です。現実性と説得力に富んでいます。

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  2. パート2

    茂呂氏は、越市長が市政運営のやり方を改めるという可能性にかけて副市長を退任しました。他人が茂呂氏の心の内をそんな風に断定できるのかと言われそうですが、このブログを読んでいれば、断定できるまでに茂呂氏の心情が見えてきます。市政の内側にいて軌道修正することの限界を感じたのかも知れません。 

    前副市長がそこまでやっているのです。いや、そこまでやらざるをえない要因が越市長にあったのだと言うほうがいいでしょう。
    もし茂呂氏が大間違いでないのならば、越市長が市長で居続けることの妥当性に大きな疑問符がつきます。  言い換えますと、越市長は茂呂氏の批判を論破しなくてはなりません。でなければ、市長としての資質に疑問符を投げかけられたままで残る在任期間を務め、そして、次期選挙戦に立候補することになりかねません。

    一個人のブログが自由闊達に市長批判を繰り広げているだけだと流すことも可能です。しかしながら、ブログの中身からして茂呂治氏を一個人と位置づけることには無理が伴います。
    このブログでは、敢えて言うと、茂呂治氏個人ではなくて、公益を求める多数者が語っているのです。そこから生じる様々なクエスチョン。越市長はそれらを放置しておくわけにはいかないでしょう。

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  3. パート3

    越市長擁護が目的だろうと思われるコメントが増えてきました。しかし、私としては、いずれもあまり説得力のある意見ではないと思っています。 越市長支持者らしき人からのコメントとするなら、 越市長がかえって気の毒です。茂呂さんの批判に対する市長の考え方を代弁するコメントは、いまのところ現れていません。

    前副市長からの批判に対して、越市長自身の考え方をご本人が示し、前副市長こそ資質に欠けるのだと反論するほうがよほど有意義だと、私は思うに至りました。今回の記事を見ますと、茂呂氏のほうは、本人どうしの論戦を望んでいるようです。茂呂氏はより厳しいカウンターアタックに晒されつつ持論を展開することになりますが、今回の記事は、それでも構わないという意向を明確にするものと私は判断しました。

    もちろん、制度の上からは、ブログの批判を受け流しておいても市長の資格を奪われるものでもありませんし、次期市長選の立候補を阻まれるものでもありません。しかしながら、ここで茂呂氏のブログに対する越市長の考えを堂々と打ち出しておくことが越市政にとって重要だと思います。正面から茂呂氏を論破すればよいのです。市政をめぐる真面目な議論を市民も期待しているはずです。

    長々と述べてきましたが、このような理由から、私は越市長の登場を期待します。

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  4. 圧倒的なコメントを読んで少し書きたくなりました。ブログ休止前に間に合うかわかりませんが。
    市長と前副市長の対決の構図は、改革派の若い市長と守旧派の古参職員との対決とも読めます。新しい風を入れようとする市長に、ぬるま湯に浸かった公務員が逆らっているのか、周囲が目に入らない市長の暴走を経験ある職員が是正しようとしているのか、解釈によってゴロリと変わります
    私はブログの内容が事実かどうか知りません。ほとんどの読者がそうではないかと思います。しかし私は、
    ブログの書き方や投稿を総体的にみて、かなりの信頼性があると判断しています。ですから逆に越市長の意見も聞いてみたいのです。公人対私人になりますが、それもありというのがネットコミュニケーションです。越市長も事実をもとに冷静な議論を試みたら、いいやり取りになるのではないかと期待する人は大勢いるはずです。越市長の決断を期待します。その際は投稿者のみなさんも市長にふさわしい礼儀でお迎えしてあげてください。越さんの個人としての値打ちは知りませんが、公人として大津市長としてはキチンと対応するのが普通だと思いますので。越市長、お待ちしています。

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    1. 当選直後は改革派の若い市長として多くの市民が期待しました。今も、そういうイメージを持っている方も多いでしょう。しかし、市議会では改革派として本来なら最も味方になったであろう藤井議員や山本議員が、いくつもの議論を通じて、現在では最も先鋭的に越市長を批判されているのは何故でしょうか?それとも、これら議員は実は守旧派で既得権益を守ろうとされているのでしょうか。

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    2. むしろ既得権益側の方が黙認してるような感じですね。
      結局はそういう事なんだと思ってしまいます。推薦した民主党はどう考えてるんでしょうか。議会の各党もそろそろ態度を表明すべだと思います。
      越市長とは言いませんが、議員さんは参加されないのでしょうか。
      市長にブログに対する考えを聞くなら、議会として、態度を表明してもいいとおもうのですが、各党別々でもいいんですが。

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    3. 《改革派の若い市長と守旧派の古参職員との対決とも読めます。新しい風を入れようとする市長に、ぬるま湯に浸かった公務員が逆らっているのか、周囲が目に入らない市長の暴走を経験ある職員が是正しようとしているのか》

      という分析は、なかなかスキャンダラスで、わかりやすくて、おもしろいと思います。要は気質同士のぶつかり合いなんだろうという見方ですが、果たしてこのパターンにハマってくれる問題かどうか、いまのところはなんとも不透明です。

      私の場合、このブログに現れる大津市政の現状をごくごく単純化するならば、「ワンマン市長に遮られる文殊の知恵集積型政策決定プロセス」になりそうな気がしています。
      市長肝いりの政策実現過程ほどその傾向が顕著だと茂呂氏が杞憂しています。茂呂氏は、指折り数えるがごとくに、そのような市政運営から生じ得る弊害を指摘しています。

      市政にはそのときどきの市長の独自色が反映されるべきだと、私は思います。でなくては、選挙によって市長を決める意味が薄れます。市の職員は、教育員会など独立性の高さが存在価値に結びつく部門を除いて、その市長独自の方向性をどう市政に生かすかを心がけているのだと思います。

      けれども、ある領域で市長の独自色を生かした結果が別領域の深刻なデメリットにつながるようならば、市職員だって市長の独自色に追随ばかりしていられません。市職員の方々のコメントを見ていますと、市長の独走を止めことができませんといった表現が少なくありません。
      たとえ「できません」で通ってしまった政策であっても、それが実施されるときには「できません」も「してません」もありません。ただひとえに検討不足の無責任な施策が市民生活全体を覆うことになります。
      このような市政運営が常態化してしまったらえらいことです。

      《解釈によってゴロリと変わります》とのことで、たしかにどのような解釈も成り立ちます。検討不足のままの政策が発せられるかもしれないという現実のリスクを解釈で消滅させることができるのなら、こんな楽なことはないのですが・・・

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