2022/11/28

194)ケアをめぐって 7(個人的なこと)

 これが初めてではありませんが今回はきわめて個人的な内容にわたります。背伸びをして「公」の看板を上げているとはいえ所詮は個人のブログ、こんな「お断り」は大げさかもしれません。しかし、不特定多数の人が共有するネット空間に私ごとき者の「私事」をのせることにいつも気がひけます。「公私入り乱れる」ところがインターネットの可能性であり力でもあるわけですから、私の感覚はまことに古臭いという自覚もあるのですが。

 11月18日に私のところで療養していた96才の母(前の記事に書きました)が亡くなりました。穏やかに自分を貫いて安らかにその時を迎えました。私はそのように出来るだろうかと自問せざるをえません。居間から母のベッドがなくなり、少なくとも日に3回あった看護師・ヘルパーさんの訪問もなくなって飼いネコが所在なさそうに身を寄せてきます。

 今日(11月28日)は妻の一年で、遠方に住む息子夫婦が1才になったばかりの娘とともにやってきました。親しい友人、長年の知人、私の昔の仕事仲間からも、きれいなお花や心のこもったメッセージをいただきました。珠玉の言葉をブログに綴り悼んでくれた人もあります。何年も行き来していない人からの手紙もありました。こうした方々の中に妻の記憶が分け持たれていることを心からありがたく思います。私には「飲み過ぎないよう」との言葉も頂きました。
 この一年、蟻が目の前の砂粒や落ち葉だけを見て歩くように暮らしてきましたが、同時に、私が長年ずっと守ってきたつもりの妻から、それ以上に大きく包まれてきたのだということを痛覚をともなって何度も思い返しました。

 先ごろ記憶に残る追悼文を読みました。人の死を惜しむという人の心を過不足なく表した文章で、精神科医の斎藤環氏がおなじく精神科医である中井久夫氏に捧げた「義と歓待の精神 理想のケア」(朝日新聞)と題された名文です。そこには斎藤氏が中井氏に寄せる深い敬慕の念が示されており、同時に中井氏の精神科の臨床医・研究者としての仕事のみならず、語学の才をいかしたヴァレリー、カヴァフィスの詩の翻訳、『いじめの政治学』や『「昭和」を送る』などのエッセイ等々、中井氏の業績が限られた文字数に圧縮され紹介されています。

 私は、追悼する人、される人の双方を知りませんでしたが、すぐに中井氏のエッセイ集を読みました。同氏が、阪神淡路大震災の「こころのケアセンター」所長として活動したことも知りました。「思想と実践 常に立場の弱い人の側に」という斎藤氏の追悼文の副題のとおりの人であったことも分かりました。このような優れた人がいたということを知っただけでも良かったと思える人です。ついで斎藤氏の情報をネットで検索しましたが、この人も「並みのお医者さま」ではないと知りました。

 斎藤氏の追悼文から数か所を抜粋します。
 『先生(中井氏のこと)は「歓待」の人でもあった。患者と出会い、深い相互作用を試みながら、自らも影響を受けて変容してしまう。困難な患者の治療後にひどく疲弊してしまい、マッサージを受けたらマッサージ師も病んでしまった、というエピソードが印象的だ。』

 『翻訳も同様で、サリヴァンの翻訳に関しては、伝記を読んで彼が講演した講堂の情景を思い浮かべつつ訳し、翻訳が終わったときには自身の文体まで変わっていたという。人であれ文であれ、様々な対象と相互浸透し影響されてしまうその姿勢には、他者への深い「歓待」があった。』

 『精神科医としての私は、中井先生の遺志を継承していきたいと考えているが、あたかも「不世出の天才精神科医」として神棚に祀るようなことはすまいとも考えている。いつも平場で患者さんと対話していた中井先生の、あの「途方もない義と歓待の精神」は、私が理想とする「治療」ならぬ「ケア」の姿でもある。』

 私も中井氏の著作をいくつか読み感銘を受けましたが、何か書こうとしても斎藤氏をなぞるだけなのでここに引用させてもらいました(「義」に関わるところは割愛しました)。

 これまで数回にわたり「ケア」について考えてきました。今回は「まとめ」を書くつもりが横道にそれました。すこし戻って、先に「時に癒し、しばしば苦痛を和らげ、常に慰める」というアンブロワーズ・パレの言葉を紹介しました。「慰める」という言葉が単なる慰藉にとどまるものではないだろうとも書きました。この言葉は、医師の役割を示す言葉であると同時に「人の在り方」を現した言葉でもあります。中井久夫氏は、この言葉を体現する医師であり人間であったと私は考えます。






 









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