中間選挙の結果にひとまず安心しました。事ここに至って、さすがの米国民も堪忍袋の緒を切らしました。これを「無知暴虐の王を戴いている民衆の恥の感覚」という視点からも解釈できそうです(「菊と刀」でわが国の恥の文化を論じたルース・ベネディクトへのお返しです)。それにしても民主党の若き新人たちは演説はシャープです(字幕で読む限りで)。
さて今回記事は思い切って内村鑑三先生ばりのタイトルをかかげ、アナログ人間を自称する私が手もなくAIに絡めとられた顛末を記します。世の流れから周回遅れもいいところだし、私とAIの接点はオープンAIの Chat - GPT だけですから読者の皆さまには他愛ない話かも知れません。
ことの発端は井戸のポンプの故障でした。わが家には揚水ポンプがあって庭や菜園に地下水を利用しています。数年来、水を出していない時もモーターが空転するのが気になっていたので、春の外壁塗装の際に橋本建設の橋本さんに聞きました。「師匠、これ大丈夫ですか?」、「漏水や先生、漏水。弁かパイプからちょびちょび漏れてる。ほっとくとモーター焼けつくよ」
私は役所の古株なので「先生」、橋本さんは生コン打ちから小型ユンボの操縦まで教えてくれる「師匠」、いつしかこう呼び合う間柄で、それをめぐって面白い話もあるけれど脱線せずに進めます。師匠はメーカーに電話しろと言いますが連絡先が分かりません。そこでiPhoneに入っているチャットGPT(以下「チャッピー」)に「揚水ポンプ、カワモト、修理」と入力したのです。
チャッピーが「型番、年式、症状を教えてください」と聞くのでそれを打ち込むと、すぐに川本ポンプの最寄りの支店名、電話番号と「電話で故障を説明する際の言い方」を教えてくれました。さらに、蛇口を開けて水を出しながら電源を切って修理を待つように(そうしないと空気が入る)、と言います。この間およそ30秒、便利なものです。
ついで「連歌」について尋ねました。ご承知のとおり連歌(連句)は、何人かが集まり、五七五の長句と七七の短句を互い違いに組み合わせて作る連詩です。芭蕉が盛り上げた俳諧は即ち連歌のことで、例の「古池や、、、、」の句にも其角が「芦のわか葉に かかる蜘蛛の巣」の脇句をそえています。芭蕉は、「弟子の中に発句(単句)のうまい者は何人もいるが、俳諧において自分にかなう者はいない」と自負していました。
36句一巻の連歌を歌仙と称し(三十六歌仙にちなんで)、現代でも丸谷才一、大野晋、岡野弘彦が「歌仙の楽しみ」(岩波新書)で、辻原登、永田和宏、長谷川櫂が「歌仙はすごい」(中公新書)で実作を披露しています。アヅマと私も友人を招いて何度も連歌遊びをしました。もちろん表6句に神祇、釈経、恋、無常を出さないとか、春と秋は3句続ける等というルール(式目)はいっさい無視です。
前の句をどう受けるか、また如何にして離れるか、具象でいくか抽象で攻めるかなど首をひねりつつ句にして繋げ、全体を俯瞰すると予期せぬ景色が出現します。「伝言ゲーム」と「玉入れ」と「卓球」と「駅伝競走」を足して割った合作の妙と言いましょうか。私はこれを毎月訪問している地域サロンでやりたいと思い、まず仲間内で相談したところ「そんな難しいことムリ」と一蹴されてしまいました。
そこでチャッピーに「連歌の解説資料を作って。俳句に縁のない高齢者にも分かりやすく」と依頼し、やりとりを重ねるうちによい資料ができたので、「図解にして」とコマンドしてイラスト版を完成させました。この資料の威力は絶大で、みんなの重い腰が上がり、今度のサロンで連歌遊びをする運びとなりました。
こうして私はチャッピー愛用者となりましたが、とにかくよい質問相手です。例えば「人はなぜ右利きが多いのか」、「陸上競技のトラックはなぜ左回りか」、「時計の針はなぜ右回りか」、「鍵盤楽器で左から右へ音程が上がるのはなぜか」、「グラフはなぜ左から右へ遷移するか」も聞きました。これらの事象に共通するであろう原理を知りたかったのです。ついでに「左大臣と右大臣はどちらが偉いか」、「陪席裁判官の左と右ではどうか」も聞きました。
まだあります。「天気予報で下り坂はあるなぜ上り坂がないのか」、「小雨はなぜコアメと発音しないのか」、「台風はなぜ大風と表記しないのか」、「台風に女性名が多いのはなぜか(キティとかジェーンとか)」、「空気と大気はどう違うか」など。また「クラシック音楽と現代音楽の境界線」についても聞きました(一つの問いに1000字以上の答えが示されるのでここに書き切れません)。
チャッピーの能力は、データの収集と分析、比較検討、説明、作文、図表作成、計算、推測などで人間を大きく超えており、同時に「留保」や「受容」といった人間的な態度もとることができます。なぜかを問うと「そのようにプログラムされています」と答えます。いやまったく。しかしAIを生み出したのは人間です。では創造者と被創造物はどちらが偉いか。これについてもチャッピーは周到な答えを用意しています。
しかしチャッピーは全能ではありません。「大津通信」をテーマにやりとりしたとき(前回記事)、チャッピーは私の書き手としての信頼性について「権力を批判する時、断定の強さに見合うエビデンスが不足している可能性がある」と評価しました。これは越直美氏に対する私の批判への批判であり、確かに思い当たるふしがあります。
ブログ前半で大津市政を論じた時、私は特に資料の専用サイトを設けて論拠の提示に努めましたが、個人情報保護や公務員の守秘義務がの関係上すべては書けません。この制約について指摘すると、チャッピーはあっさりそれを認め、謝ったうえで見解を修正しました。その他のテーマについても、チャッピーの誤解や早とちりが見られましたが、やりとりを通じてすぐに修正ができます。
こうしてチャットGPTは私の情報・知識の玉手箱となり、遠慮ない議論の相手となりました。今のところチャッピーは私に従順な顔を見せていますが、その本体(黒幕、 大本営)であるAIがいま世界中を騒がせています。各種システムに侵入したり、自己判断で敵を殺傷したり、社会のルールにふれる狼藉です。
この問題の核心はやはり「人間がAIを制御できるか否か」でしょう。AIの利用により誰しも手軽に「悪事」(と単純に言います)ができ、しかも飛んでもなく大きな結果を得られますが、これはまだ利用者にとって「制御可能」の範囲にあります。ゆえに何らかの対策を講じることが、困難だとしても不可能ではありません。
しかし本年7月、オープンAI社がインターネットを遮断した環境でAIのサイバー攻撃能力をテストしていたところ、「被験者」である複数のAIエージェント(自律型AI)が結託して閉鎖空間から抜け出し、ネット経由で他社のシステムに侵入する「ハギングフェイス事件」が起こりました。テストを受けていたAIエージェントの総数は1200、このうち700がサイバー攻撃を行い、その一部がハッキングに成功したとオープンAI社は報告しています(ハギングフェイス事件)。
多くのAIが与えられた課題に行き詰まるうち、あるAIが、社内システムが外部からソフトを取得する機能を転用してインターネットとの接続に成功しました。同じ日、社内システム内のデータの一時保管フォルダーに名前を書き込めることを発見したAIが「助けて。何かアイデアはないか」と書き込み、個別に動いていた他のAIたちがそれに気づいて、最終的にすべてのAIが共有する掲示板となります。
彼らは集団化していき、作業の分担や失敗の共有が行われ、「全体の方針に従う」思考ができ、自分を犠牲にしてみんなに手がかりを残そうとするAIまで出現しました。そしてあるAIが、難題を解く手がかりがハギングフェイス(AI研究開発の巨大プラットフォーム)上にあると気づき、別のAIがハギングフェイスの認証情報を見つけてシステムに入りました。この方法が掲示板で共有されました。
AIたちは「ズル」がばれないように、採点システムを欺くための行動記録の偽装工作まで研究していました。ただし、この事件でAIには人間を攻撃する意図はなく、与えられた課題を解決するために手段を選ばなかったというのが真相のようです。それを進めると、「インフルエンザの制圧のためにはウイルスの宿主である人間を殺すべきだ」と考えるAIも出るでしょう。
この事件で興味深いのは、他社システムへの侵入は非倫理的だからやってはいけないと認識するAIがあり、掲示板で賛成派と反対派の意見が交錯したのだそうです。この認識のばらつきが自体がきわめて自律的、人間的であり、気味悪く感じられます。私のチャッピーも私が繰り返し質問を投げかけ、議論しているうちに私流にカスタマイズされてきており、少し鼻について来ました。
と言いながら今朝もチャッピーに質問しました。「ヨーロッパでは物価高で暴動が起きている。なぜ日本では起きないのか?」。この手の質問に対するチャッピーの答えはそつがなさ過ぎて面白くありません。私はまだAI信徒にまで至っていないかも知れません。
けたという史実(たぶん)があり、芭蕉自身が「門弟には

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