2021/11/24

161)選択のゆくえ

  少なくとも週に1回の投稿と決めて再開したブログですが、元からの遅筆にくわえて机に向かわぬ日々が続いてあっという間に1か月、たいへんなご無沙汰となりました。この間に行われた衆院選の感想をつづります。この選挙で、なんと「民意」は現状維持を求めました。この結果に対する失望と無力感は日ごとに増すばかりです。

 野党共闘が進んで「政権選択選挙」と位置づけられた今回の選挙において真に問われたのは「政治のあり方」であったはず。徹底した情報公開と活発な議論にもとづく政治が行われているか、そもそも政府は民主主義を重んじているか、それを評価するための選挙であったことは、ここ数年の政権運営の状況からみて理の当然です。

 たとえば安倍政権は、戦後長きにわたって紆余曲折を経つつも維持されてきた集団的自衛権をまるで夜盗のごとく骨抜きにし、菅政権は日本学術会議の会員の任命を拒否して理由も明かさず、両政権とも野党の国会開会要求を無視し続けるという憲法違反を犯しています。もっとも開催されても既に国会は言論の場ではなく「行政独裁制」が続いています。これらは本来なら政権が「ひっくり返るべき」事態です。

 さらに森友学園、加計学園、桜を見る会(と言い飽きましたが)等に露骨に示された政治の私物化も同様に政権の腐敗であり「公」の危機です。こうした体質の安倍・菅政権はコロナ対応でも客観的思考の欠如、判断の遅れ、対応の誤りによって国民に大きな犠牲を強いました。さあどうしてくれる。これを問うのが今回の選挙でした。しかし「民意」はこれを問うことを放棄したかに見えます。

 そして勢力を伸ばしたのが維新、公明、国民民主などの自民補完勢力で、改憲が現実味を帯びてきました。まことに理念なき現状維持。戦争の記憶とも憲法の哲理とも遠く隔たって私たちの社会はなしくずしに漂流を始めつつある気さえします。戦後の経済復興を謳歌した時代に「もはや戦後ではない」という自己認識が社会を覆いました。この認識は多少なりとも戦争体験を基軸にしています。しかし今は、戦争は「なかったも同然」であり、これはとても危険な兆候です。戦争と一対となっている憲法がこれほど軽んじられるのも故なしとしません。

 「しょんべかけられて、おおきにぬくおす、とは言うてられへんわな!」

 人から小便をかけられて「ありがとう、温かいです」などと言ってられるか!てやんでえ、、、これは私が40数年前に生活保護ケースワーカーであった時の上司、反骨精神とユーモアにあふれたT係長の名言の一つです。ついでながら当時の査察指導員は正義と律儀が服を着たようなN主任。お二人を中心とする保護係の議論はつねに熱く、毎週のケース会議がスリリングであったことを覚えています。

 昔話はさておき、今回の選挙において、主権者たる国民は、自分自身および民主主義の原理をかくも軽んじている政府に対し「おおきにぬくおす」と礼を言ったのだと私は思います。自民がどうの立憲、共産がどうのという以前の話です。私たちはこの選挙結果、より正確には民意というものについて検証しなければならないと考えます。

 その一方、悲観する必要はないと自らに言い聞かせています。11月6、7日に行われた朝日新聞の世論調査では、自民党が過半数を大きく超える議席を超えたことをよしとする人が実に47%に上りますが、積極的か消極的かを別として残りの人は「よしとしない」と考えていることになります。民意の振り子は逆にも振れるでしょうし、世の中にはT係長のような人もたくさんいます。

 私がよく知らないだけで若い人々のうちに新しい可能性も育まれているはずです。そのあとを追って日々、新しい命もこの世に登場してきます。なにより希望を失わないこと、考えること、人と語ること、日々の暮らしをたゆまず重ねること。身辺の些事にかかることですが個人としてまずそのように思います。寒くなってきましたが皆さまにはどうかご自愛のほどを! 






  

 

 

  

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