2022/06/09

180)恥ずかしい資本主義

 また私事で恐縮ですが、体調不良を実感するこのごろ、自分の代でカタをつけておきたいことが幾つかあるのに寄る年波に負けてはおれぬと一念発起してウォーキングを再開し、受診のかたわら湖南アルプスと呼ばれる桐生の山すそをふらふら彷徨っています。そんなある日、起伏の多いコースを歩き終えてベンチの横でアキレス腱を伸ばしていたら、私の動作に合わせてイチニイ、イチニイと背後から大きな声が掛かりました。

 声の主は駐車場の料金を集めている地元のご婦人(親しみをこめ気安く呼ぶなら「おばちゃん」)の一人で、番小屋からトイレに来て私に気づき、つい声を出されたと見えます。兄さんええなあ、今のうちやで、ほんでも細いな、ほれイチニイ、イチニイ、、。どう見ても同年配かそれ以下の女性から親身のエールを送られて、はあ、どうも、と煮え切らない返事をした私ですが実のところ内心は満更でもなく、フェイスマスクと帽子に顔をかくしたまま横向きに歩いて車に乗り込みました。

 それから数日後。歯の定期健診に行って一時間におよぶ各種検査と手入れを受け、至近距離から大きな目玉で覗きこんでいる歯科技工士の女性から総評を聞きました。いわく、よくお手入れされてます、虫歯も歯槽膿漏も心配ありません、歯もぜんぶ残ってますねえ、このまま頑張りましょう。私は、はあ、どうも、と答えましたが今回は心中やや複雑でした。歯科医院ではマスクなし、何よりカルテで年齢が分かるゆえ桐生のような誤認が生ずる余地がありません。 ~ 歯があると 褒めていただく 齢(よわい)かな ~

 毎年6月に相前後して互いの誕生日を祝ってきた人が傍にはいませんが、恒例のバラの花束を今年は存在への感謝として呈しました。当年七十、古希を迎えるのはひとり私です。
 それにしても1300年前の杜甫の詩句に由来する「古来希なり」の呼称が妥当性を有していたのは、日本人の平均寿命が40才台であった明治、大正期までがせいぜいであったと思います。いま古来希であるのは私でなく日本の政治の劣化ではありませんか。たいへん雑駁な見方ですが、大岡越前の時代はさておき維新後に「立憲政治」となってから、あるいは「戦後民主主義」の時代以降、年をおうごとに政治が退行しつつある気がします。

 こうした状況は昨今の政治における言葉および議論の不毛に明らかであり、杜甫もびっくりの「稀ぶり」です。思いつくまま上げますが、憲法に反して開かれない国会、ようやく開かれた国会でまかり通る紋切り答弁、政府によるなしくずしの解釈改憲、「周辺事態」や「重要影響事態」の玉虫概念、牛乳メーカーの惹句のごとき「骨太」の改革、しかも財政健全化は骨抜き、最近では意味不明の「新しい資本主義」。今日のニュースでは内閣不信任案は「粛々と」否決しますという与党幹部の言い回し。廉恥心を持ち合わせない政治家に代わってこちらがひとり恥じています。

 「新しい資本主義」について一言書くつもりでしたが、いつまで待っても安倍、菅政権との違いが見えず、訳がわからなくなってきました。この政策は「新自由主義のもとで中間層が細り貧富の格差が拡大したことへの反省から分配政策でその是正を図る」ことを目的としているそうですが、どこに新自由主義への反省が込められているのか、どのような分配を行うのかが明らかではありません。岸田氏も分かっていないでしょう。

 そもそも「新しい資本主義」という言葉は、人工知能とインターネットの進展により次なるステージに入った感のある資本主義の酷い矛盾を止揚して、冷や飯を食っているほとんど全員と言ってもいいほど大多数の人々に新たな展望を示すことのできる「骨太」の思想にこそふさわしい呼称です。首相の看板政策だか何だか知りませんが、このネーミングを考えた官僚、それを採用した岸田本人、この表現を許容している国会、これら全員に言葉に対する通常レベルの感覚と責任感がありません。その根底に国民を軽んずる感覚が抜きがたくあります(選挙期間中は除く)。

 それに加えてこのアホらしい言葉を垂れ流しているメディア、それを流通させている社会も含めて私は恥ずかしく残念なことであると感じています。こうしたことが課題の解決をさらに先へと追いやります。それどころか、この政策にもとづく「所得倍増プラン」がいつのまにか「資産所得倍増プラン」に変身を遂げました。わが国の政治、制度、システムが将来にわたって信頼できないと考える国民の自衛策の結果である預貯金は1千兆円にのぼるそうですが、岸田氏はこれを「たたき起こして」市場を活性化させるのだそうです。それもわざわざロンドンまでいってぶち上げた。恥ずかしさはとめどなく深まります。

 ブログ「あざみ日和」がこれを取り上げています。オープンにされている記事なので以下に一部を転載しますが時間のある方はオリジナルのサイトをご覧ください。

 ~ 現首相による目玉政策・「新しい資本主義」の計画案でおどろいたのは、「資産所得倍増プラン」だった。個人の貯蓄を投資に回して資産を増やすようにというものである。これが政府の言うことか……と思う。日本国民の貯蓄率が高いので、これを株式投資などに誘導して個人利益を増やし、自助努力で暮らしの安定をはかるように。つまり「新しい資本主義」とは現状の是正・改善ではなく、資本主義化をさらに極限まで推し進めようとするものらしい。 

 貯金をため込まずに投資でより大きく儲けて、安心安全の豊かな暮らしをどうぞ。公共の責務をさらに縮小させるのが「新しい資本主義」のようだ。さらに投資には投機的なリスクがつきまとう。それを国が勧めている。格差拡大の一途をたどっている社会で、貯金どころではない人たちも大勢いるはずだが、そういう人たちははじめから眼中にないらしい。~

 前にもご紹介しましたが、「あざみ日和」と「棚田日誌」は私が覗く唯一(唯二?)のブログであり、前者からパワーを、後者から安らぎを得ています。今回も更新に手間取りました。末永くぼつぼつ続けていきたいと思っています。





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