2024/02/15

228)天狗岩で天狗の末裔に会うこと

 人の世がどうあろうと知ったことかと言わんばかりに季節が進みます。それを特にこの時期に強く感じるのは皆さんもご同様でしょうか。いや実際この2、3日は早春どころか晩春の陽気でした。抜ける青空に誘われ天狗岩まで足を伸ばした私であります。標高差500m、往復3時間ですからたまにしか行きません。それにしても稜線上に大きく突き出た丸ビルのごとき花崗岩ドームを「天狗岩」とは言い得て妙、桐生山地に飛来した天狗が降り立つなら確かにここしかありません。

 天狗は、古くは今昔物語にも登場する山岳信仰の表象的存在です。山の中で深夜に木を伐り倒す音が聞こえる「天狗倒し」、どこからともなく石が飛んでくる「天狗の礫」、人が急に消息を絶つ「天狗隠し」などの言葉もあります。鞍馬天狗は牛若丸に剣術を教えて武家政治の到来に寄与し(?)、大村崑ちゃんの「とんま天狗」は私たち子どもをテレビの前に釘付けにしました。画面はもちろん白黒、チャンネルをガチャガチャ回す時代です。

 天狗岩に戻りますが小型ヘリなら着陸できそうなその天辺によじ登るとこの日はすでに先客あり。「どうぞ」と声をかけられたのですが遠慮して一段ひくい岩のテラスに移動しました。ここも切り立った崖の上で琵琶湖と比叡山の眺望が楽しめます。腰を下ろして一杯飲んでいると(お茶を)中年の男性がふらりと現れました。それを汐に立ち上がろうとする私を「いやいやそのままで。ちょっと作業するだけですから」と制します。

 こんな所で作業とは何だろうと思わず座りなおすと、その人はズックの袋からザイル、ハーネス、カラビナ等を次々に取り出しました。「岩登りですか?」。分かり切ったことを聞くと、彼は日に焼けた顔をほころばせ「古いアンカーボルトを交換します。やっと時間がとれました。岩に打ち込むので県の許可が大変ですわ。」と答えてくれました。上腕から先が筋張って10本の指にテープが巻かれています。一見すると気のいいおっちゃんですがその佇まいにも動作にも緩んだところがありません。

 おぬしできるなと思った私が「もしやプロでいらっしゃいますか」と聞くと「そんなもんです。妻や息子も登ります。今日もボルダリングの生徒を教えて駆けつけました。」との答え。私は山好きですが無雪期の富士山や北岳どまり、ここ20年は比良山すら行かないので岩や雪を登る人は頭上の星です。そこで名乗った上お名前を伺いました。ひとしきり話した後その人は慣れた手つきで木の根方にザイルを固定し、絶壁を蹴ってするする下へ消えていきました。

 帰宅して調べるとその人は有名なロッククライマーで、ボルダリング教室を開いてオリンピック選手の指導もしていると分かり、私は自分の眼が確かであったと満足しました。想像するにロッククライミングには仕事量(体重1キロあたりの筋力)の大きさ及び精神力の強さが求められ、回峰行などに通じるところがあるかも知れません。そして修行とは「常人のレベルを越えようとする試み」でもありましょう。こうしたわけで天狗岩で会った人は天狗の末裔であろうと私は考えています。

 遠方の友人が植物園や公園に出かけては撮る写真がよいので最近はそれらを使わせてもらっています。さすがの彼も桐生までカバーしきれないのでこの天狗岩は私の素人写真です。















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