2024/03/01

229)この国土に住み続けるため

 ここ10年ほどの日本の政治状況は、特に「公平・公正」の面から見てまるで谷底を這っているようであり、由々しきこの事態を少しでも改善することが今を生きる私たちの務めだと考えます(まずは次回の総選挙で)。しかし、たとえ政治の腐敗が極限まで進んだとしても私たちが日本に住めなくなるわけではありません。ここで福島や能登の人々の困難を想起せずにいられませんが、私は「可住地域」としての国土について語りたいと思います。

 能登半島地震では珠洲原発の予定地であった高谷地区の海岸が数メートル隆起しました。関電の建設計画を苦闘のあげく阻止された地元の人々にいくら感謝しても足りません。志賀原発は点検のため2炉とも停止中でしたが燃料プールを冷やす外部電源の一部断線、オイル漏れ、モニタリングポストの不具合が生じました。もし1号炉タービン建屋の直下を走る断層が連動したら恐ろしい事態になったでしょう。今回の地震被害の中では「屋内退避」も「遠隔避難」も困難だったはず。ちなみに1999年の台湾地震では活断層が動いて水力発電所のダムさえ壊れました。

 大きな事故や災害は、当事者にとって命や家族や生活を失うか否かという運命の別れ道ですから、たまたま埒の外にいた者がその災厄に関して何か発言することには第三者性がつきまといます。そう思いつつ書くのですが今後たとえば南海トラフ巨大地震が起きたら、それを引き金に原発事故が発生したら、その被害は能登半島地震どころか東日本大震災をはるかに上回るでしょう。最悪の場合、大げさではなく西日本に人が住めなくなるかも知れません。

 それこそ大げさだ、福島の事故にも日本は何とか持ちこたえた、原発については基準の見直しで安全性が高まっているし温暖化対策にも有効だ、歴史を見ても広島や長崎は原爆から立ち上がったではないか、我々は核アレルギーを捨てて前に進むべきである、、、。こんな意見も多いでしょう。しかし福島の原発事故が「あの程度」で済んだのは奇跡的な偶然によります。原発を抱えて高い塀の上を歩く私たちが次も「幸運側」に落っこちる保証はありません。

 プレート地震は地球の「生理現象」ですから必ず起こるし能登半島のように想定外の地震も避けられません。わが国の地震調査は阪神大震災をきっかけにようやく本格化しましたが、ほとんどの原発はそれよりずっと前の1960~70年代に計画、建設され、敷地の安全性より受入れ自治体ありきで事業が進んできました。今にいたるも国は2000あると見られる活断層のうち陸地のわずか100本ほどを調べてランク分けしただけで、原発が立地する沿岸部の活断層の調査は手つかずです。

 どのみち地震を阻止することは出来ませんが、原発事故ならゼロに近づけることが可能です(ゼロにならないのは原発を全廃しても使用済み核燃料を永年保管する必要があるため)。原発については既に書きましたが(記事182~186)もう一回書きます。またかと思わずどうか最後までお読み下さい。ネットには「推進」、「廃止」、「中立風」の意見やデータがあふれています。これらを事実に照らして客観的に見比べると結論は明らかです。原発はイデオロギーでなく現実認識の問題です。

 南海トラフは駿河湾から九州の日向灘にいたる海溝(プレート境界)で、予測される震源域は長さ(長軸方向)700㎞、幅100㎞、深さ30㎞。震源域の端が陸地の下までもぐりこんでおり東日本大震災より近くて浅い、従って恐ろしい地震です。マグニチュードは8~9、発生確率は今後30年間で70~80%(50年間で90%)、広域での揺れと津波は「国難レベル」と言われています。近くの原発は浜岡(5基)、伊方( 3基)、川内(2基)であり、どれか1基でも重大事故を起こせば国難の二乗です。
 
 東日本大震災で直接的な被害を受けた県は青森、岩手、宮城、福島、茨城でこれら5県の人口は980万人。一方、南海トラフ地震で大きな津波被害が予測されるのは静岡、三重、和歌山、大阪、兵庫、徳島、高知、愛媛、大分、宮崎、鹿児島の11府県で人口は3500万人です。もちろん県全体が均一に被害を受けるはずはなく実際と想定の違いがあるにせよ「東日本」の時は980万人を残りの1億1700万人が助ける構図(人口比 1対12)であったのに対し、「南海トラフ」では3500万人を9200万人が助ける(人口比 2対5)ことになります。

 経済規模で見ると「東日本」の5県の総生産が34兆円(2010年)で、「南海トラフ」の11府県は136兆円ですから国全体のダメージはずいぶん大きく、回復の時間も長くならざるをえません。またここは「太平洋ベルト地帯」ですから第二名神・東名があるとはいえ東西交通・物流は滞るでしょう。これらはあくまで地震被害の大きさのイメージ比較ですが「東日本大震災さえ乗り越えてきた我々だから『次』も何とかなるだろう」というわけにいかないことは確かです。

 今さらですが、福島の原発事故の際に現場所長は自分と職員の死を覚悟し、菅直人首相や原子力委員会の委員長は半径250キロ圏内(岩手、秋田~千葉、東京)の4000万人の避難を検討したのです。なぜなら「2号基の格納容器」と「4号基の燃料プール」が爆発したらチェルノブイリの10倍の被害が生じると予測されたためです。ところが実際に起きたのは1、3、4号機の建屋の水素爆発で(これも重大事故ですが)最悪の事態は回避されました。それは偶然の結果です。
 
 原子炉を入れる鋼鉄製の格納容器は事故による放射性物質の拡散を防ぐ重要な役目がありますが、当時、2号基のメルトダウンにより発生した水素と水蒸気により格納容器内の圧力が異常に高まりました。しかしベント減圧ができず(停電で遠隔制御できず、近寄ると死に至る放射能のため人力操作も不可能)、事故後5日目、もう爆発かという時に格納容器の一部が壊れてガスが噴き出し圧力が下がりました。この事故で大気中に放出されたセシウム137は広島原爆の170発分に相当しますが、8割が風で太平洋に流れたことが日本には幸いでした。

 4号基は点検中であり、抜き出した核燃料は付属の燃料プールに移されていました(使用済み燃料あわせて1535体もの燃料集合体)。しかし循環ポンプが止まっているうえ余震でプールの崩壊が危惧されました。冷却水がなくなると核燃料が溶け出します。ところが何かの不具合で仕切り板がずれ原子炉ウェルの水がプールに流れ込みました。この水は3月7日に抜かれる予定のところ作業工程の遅れでたまたま残っていたものです。

 また、建屋の水素爆発でプールの天井が吹き飛んで図らずも外部給水の入口ができましたが国内のポンプ車はブームの長さが36mまでしかなく十分に注水できません。それを見た中国企業が海をこえてブーム長62mのポンプ車を送ってくれました。現場の人々の献身的な対応に加え、こんな偶然や幸運が重なって東日本は壊滅的な被害を免れました。それでも今日なお原子力緊急事態宣言は解除されず、市民の被爆限度も20倍に引き上げられたままです。

 米国の原爆投下から80年過ぎた今も原爆症に苦しむ人々があり「黒い雨」や「被爆2世」の訴訟も決着していません。この惨禍をもたらしたウラン爆弾(広島原爆)の重さはわずか800gでしたが、原発(100万kW)1基が1年で燃やすウラン(生成する核分裂物質)の重さは1tで、広島原爆の1000発分に当たります。日本の原発は54基(稼働中は10基)であり、核燃料は炉心もしくは燃料プールに収められていますが、使用済み燃料の総量は19000tに達します。地震の巣のような列島に1900万発の原爆が分散配置されているようなものです。

 福島事故を踏まえ改められた原発の規制基準は、津波防止壁の設置、防潮扉の設置、停電や火災対策の強化、活断層の定義の拡大などどれをとっても常識的なレベルであり、逆にそれ以前の基準の甘さを印象づけるものでしかありません。そもそも事故後13年たっても強烈な放射能のために現場検証ができず事故発生のメカニズムも不明ですから再発防止対策は手さぐり状態です。この基準が安全基準ではなく規制基準とよばれるゆえんです。

 原発の審査は「今後発生しうる地震の強さの最大値を原発の敷地ごとに予測することが可能である」という大前提のもとで行われており、電力会社も「この原発敷地ではこの揺れをクリアすればよい」と考えて申請します。したがって耐震性の根拠となる「基準地震動」は原発ごとにばらばらで、電力会社や原子力規制委員会の故意や見落としで「お手盛り」になる可能性があり、4年前に提起された伊方原発3号基運転差止仮処分裁判でそれが明らかになりました(1号基、2号基は廃止手続き中)。

 この裁判で原告住民は「南海トラフ地震の揺れに愛媛県の伊方原発は耐えられるだろうか」と問うたのに対し、四国電力は「震源が直下の場合でも伊方原発敷地の想定地震動は最大で181ガル(震度5弱相当)であり、原発は基準地震動 650ガル(震度6弱相当)で設計されているから心配ない」と答えました。そして広島地裁と広島高裁は「原告が181ガルを過小評価だというなら、南海トラフ地震は何ガルの揺れが来るのか自分たちで立証すべきである」として住民の申し立てを却下しました。

 伊方原発で想定されていた181ガル(震度5弱)は気象庁によると「棚からものが落ちることがある、まれに窓ガラスが割れて落ちることがある」程度の揺れに過ぎません。ところが最近20年でもこれを超える地震は全国で180回を超えています。東日本大震災では震央からの距離が175㎞の観測地点で2933ガル、同180㎞の福島第一原発で675ガル、同388㎞の東京新宿の観測地点で202ガルが記録されました。これらをふくめ650ガル以上の地点が30か所、181ガル以上の地点が200か所を超えたのです。
                                        
 伊方原発は2014年5月、世界一厳しいと原子力規制委員会が自負する「新基準」の審査を受けましたが、この件に関して四国電力は70分の説明の中で18秒を使って「南海トラフの地震動評価が基準地震動を下回る結果となった」と述べただけで示したスライドも1枚でした。これに対して委員から何の質問も出されず、伊方原発の「想定地震動181ガル・基準地震動650ガル」に改めてお墨付きが与えられました。2023年3月に広島高裁が3号基の運転差止の仮処分請求の即時抗告を棄却してちょうど1年がたちます。

 「可住地域」の話に戻って福島第一原発事故の汚染により今も住民が帰還できない土地は337平方キロにわたります。前述のとおり国民の被爆限度量を嵩上げしたうえ税金を投入して除染を行ったにも関わらず、なお私の住む草津市の5つ分の広さの土地に人が住めず立入さえできません。日本全体から見れば限られた面積ですが南海トラフ級の地震に原発事故が伴った場合には除染土を仮置きする場所すら確保できないかも知れません。

 「地球温暖化」の問題は地球物理学や人類の産業活動という大枠から考えるべきで「原発貢献論」は政治利用であると思いますが、いずれにせよ「発熱」は控えた方がよいことに間違いありません。この点から原発の温廃水を無視できません。原発は熱効率が悪いため100万kWの発電のために200万kWの熱を捨てていますが、その過程で毎秒70tの排水を取水時の温度より7℃上昇させ海に戻しています。全原発の稼働時の温廃水の量は1000億tで日本の河川流量4000億tの4分の1に達します(いずれも年間量)。

 もう終わりますが、南海トラフ地震と富士山の噴火に関連性があると言われています(宝永噴火のように)。首都直下地震も予測されています。原発が揺れに耐えたとしても水と電気が止まれば核燃料が崩壊熱で溶け出します(溶解温度は2800℃)。この際に被覆管(ジルコニウム)から水素が発生します。これらを包む厚さ10数㎝の鋼鉄製の圧力容器は1600℃で溶け出します。おおよそは福島第一原発の事故のとおりです。

 私が生きているうちに大地震はないかも知れませんが若い友人知人らには長い人生があります。まだ見ぬ世代の人々はなおさらです。私たちは資源を消費し環境を悪化させ国債を乱発してきましたが、せめて国土を住める状態で保ったまま次に渡すのが最低限の責務であると思います。そのために私は人さまに言えるほどのことをしていませんが、このような気持ちで原発のことを考えています。








 

 

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