2024/06/06

235)聞き耳ずきん

  手帖との長い縁が切れ昨今はノート型カレンダーを愛用していますが、1週間の半分以上が桐生散策の「K」印で埋まっています(呑気な話で恐縮です)。本年2月15日の欄に「ウグイス初音」とあります。それから約5カ月、桐生ではウグイスが鳴きっぱなしです。一人黙々と歩く山路のあちこちからよく通る艶やかな声で呼びかけられるうちに、私は「違いの分かる男」になってきました。まずその話です。

 正調ウグイス節は「ホチョピチョ・ホチョピチョ」と何度も繰り返しつつ加速していき、最後に一拍おいて「ホーホケキョ」と収めますが、その割合は岸田内閣の支持率の2倍ほど、つまり5割に至りません。実は個性派が多いのです。「ホー・ホキョ・ケキョ」はふたこぶラクダ型、「ホーホケキョケ?」は関西人質問型、「ホーホホホ・ホケキョ」はせき込み型、「ホウ・ケイ・キョウ」は訪日米国人型、一風変わったところで「ホーイ喜一郎!」や「寿一郎!」の呼びかけ型があります。

 この呼びかけ型は私に昔の大津市長と助役を思い出させます。すなわち「耕三郎」氏と「豊三郎」氏で共に山田姓。大津市を訪れた姉妹都市インターラーケン市の使節団長がお二人に対し「あなた方は兄弟ですか?」と尋ねたことが庁内に広まり、スイスの人やったら無理ないなあと皆が噂しました。家でこの話をすると「We are not brothers だよね」と彼女は笑って言いました。ところで仇討ちで有名な曽我兄弟は兄が十郎、弟が五郎と逆順ですが、それぞれが養子となった先の末子の名が九郎、四郎であったことによるのだとか。

 今回は短くしようと考えていたのに早くも脱線です。元に戻ってウグイスは歌の種類ばかりでなく声の質や節回しも個体差があり、美空ひばりがいるかと思えば加藤トキ子にこまどり姉妹、マリア・カラスだっています。書道で言うなら楷書、行書、草書、隷書といったスタイルの違いもあります。そしていつも同じ場所から同じ歌が聞こえてくるところをみると、彼らの縄張りが決まっているのでしょう。足をとめて目を凝らしても歌手の姿は見えません。

 「違いが分かる」といってもここまでで、ウグイスの「日常会話」までは理解が及びません。しかし動物行動学者・鈴木俊貴氏は16年間森に通って観察と実験を重ね、シジュウカラが単語と文法を持っていることを明らかにしました。例えば「ピーツピ」は警戒しろ、「ヂヂヂヂ」は集まれ、2つを続けると警戒しながら集まれ、となります。天敵のヘビやモズを指す単語もあるとか。これらは一例に過ぎませんがシジュウカラが高度なコミュニケーションを行っていることが分かります。

 さて私たちは、庭にやってくるスズメを10羽ひとからげに「スズちゃん」と呼んできました(単複同形)。よんどころない事情が重なり余ったお米があったので少々撒いたところ大変気に入ってくれ、以来もう10年余の付き合いになります。彼らは田んぼが黄金色になる季節は現れないというドライな一面がありますが、それ以外の毎日、数羽で飛来してふるまいを待ちつつお喋りを楽しみます。この間に代替わりもしているはずですが、ここはわしらのシマだもんね、という態度は一貫して変わりません。

 彼らが私を識別しているのは確かです。新聞をとりに玄関に出ると電柱の上から呼びかけ、庭に出ると木の枝から舞い降りて肩のあたりでホバリングするといった具合で、高所からこちらの動きを観察し、時に予測さえしているようです。そして「おっちゃんおっちゃんお米ちょうだい」と鳴きます。そう聞こえるというより、そう鳴いているのがどうにも不思議です。シジュウカラの会話は仲間内のやりとりですが、スズちゃんは種の違いをやすやすと超えて呼びかけます。

 先日、スズちゃんの一羽が庭のタイルの上から動こうとしないので怪我でもしたかと近寄ってしゃがみ込むとレモンの木に飛び移りました。何のことはない接近するまで逃げなかっただけですが、警戒心の強いスズメには珍しいことでした。お米が残り少ないので今後のもてなし方を考えなければなりません。スズちゃんとの関係が物質的なものなのか精神的な要素も含んでいるのか知るのがこわい気持ちです。

 新聞の「読者の欄」に面白い話がありました。縁日で女の子にせがまれてゼニガメを買い、「ゼニーちゃん」と名付けて可愛がっていたのだそうです。ところがお母さんだけはいつもカメ、カメと呼んで餌を与えていました。ある日、女の子が言うには「お母さん、ゼニーちゃんと呼んであげて! お母さんだって人間、人間て呼ばれたらいやでしょ?」。
 このお嬢さんはこのまま成長して欲しいと多くの読者が思ったことでしょう。



 


 

 

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