2024/08/11

244)老人ノ外出ヲ禁ズ  

 赤道直下のような日本です。「不要不急の外出をするな。特に高齢者は用心せよ」とテレビに脅されながら日々桐生をさまよう私であります。それ以外の用事、例えば買い物は最小回数で済ませるし、飲食店に久しく入らず、図書館は月に2回ほど、雨あがりの増水した川を見に出かけることもありませんが桐生だけは別なのです。こんな自己都合の炎天散歩で救急隊のお世話になるわけにいきません。

 すると、私が足のマメに悩んでいた時(これも桐生がらみ)に尿素配合クリームが効くと教えてくれた若い友人が、今度は「塩飴をもって行きなさい」と言いました。なるほど。私はザックに雨具、着替え、救急セット、懐中電灯、十徳ナイフ、呼子を入れていますが、すぐ塩飴を7つ道具に加えました。汗をかきかき食べるとおいしいのです。高熱作業のような尾根歩きもこれで安心、しかも美味。

 しばらくするうち塩分補給を一歩進めたくなって、家を出る前、土俵で仕切りをする力士のように塩をなめることにしました。数日続けたあと、これはきつい、小分けにすべきだと考え、ペットボトルのお茶に塩を入れることを思いついて即実行。ボトルの小さな口からスプーンの塩を入れている時(コツがいります)、ここまでやるかと我ながら思ったら「君はゆくのか、そんなにしてまで」という歌詞が浮かびました。「君はゆくのか、あてもないのに」と続きます。

 ご存じの方もおられるでしょう、「若者たち」という歌です。桐生彷徨者への問いかけのようでもありますが、これは全体として、やむにやまれず突き進もうとする若者に対する賛歌であって、最後には「君のゆく道は希望へと続く」と予祝されます。まったく同感です。若者の未来は希望に輝いてほしいと思います。一方で私の桐生の道はどこへと続くのか。もはや問わないことが私の「老人の知恵」です。

 桐生から帰宅したある日、ポストに二つ折りの事務封筒が入っていました。その前に電話があった新聞の購読延長の書類だと思って机の上に投げおいて用事を済ませ、夕方に中を見ると敬老会の案内状でした。コミュニティセンターでの落語と音楽とお弁当。Oh my God ! 私が健康長寿課長であった時、各学区の敬老会にずいぶんご挨拶に伺いました。挨拶文は人任せにせず私なりの言葉で人生の先達への敬意と感謝を申し上げました。時はめぐります。ともかく私は欠席にマルをつけた葉書を投函しました。

 8月6日広島、9日長崎の平和祈念式典の両市長と岸田首相のスピーチを読みました。市長の言葉がまっとうであったことと、岸田氏の言葉が例によって貧弱であったことが対照的でした。公的スピーチには原稿がありますからこれは「原稿合戦」でもあります。政府は一自治体より大きなものを背負っているのだと粗末な原稿の作者および首相は思っているでしょう。ならば一層まっとうな言葉を連ねることが被爆国の政府の役割(欲せず抱えた使命)であろうと考えます。





 




早速それにいくと


す(よく効くので毎日せっせと手にもすり込んでいたら指の皮膚がふやけてしまったけれどこれは私の責任)。

 

 

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