2025/03/11

268)「私利道」を行く

 海の向こうでドナルド・トランプが、こちらで斎藤元彦が「公の毀損」に精を出しています。二人が有している権力と迫力は月とすっぽんですが、共に同じ砂利道ならぬ「私利道」を突き進む義兄弟、濃い顔と薄い顔が交代でニュースに出ない日はありません。かくも多くの不適格者が集団のリーダー(首相、首長、社長など)となっているのを見ると、きっと不適格者ほどリーダーに選ばれやすい「民主的メカニズム」があるはずです。

 トランプ暴言が止まりません。パナマ運河の奪還、グリーンランドの領有、カナダの併合、ガザ住民の追放、ウクライナの採掘、諸国の防衛費増額など言いたい放題。ひょっとしたら石破首相にも「51番目の州にならないか」と持ちかけたかもしれません。悪いことに暴言はリアリティがあります。関税もふくめ米国が「私利道」を進んで孤立主義に戻ったら日本はもちろん多くの国々が困るでしょう(米国自身もいずれ困るだろうけれど)。

 イーロン・マスク率いる政府効率化省(維新が好きな名前)は、連邦職員に「大統領への忠誠と激務の受入れ」を求める宣誓書を書かせ、拒否したら解雇すると発表しました。彼はツイッター(現「X」)でも同様の脅しをかけて8割のクビを切った「実績」があり、それを国家公務員にも適用しようというわけです。浮いたカネは法人税の減税に回すと見られていますがまことに露骨な「私利道」です。

 それにしてもトランプ・ゼレンスキーの喧嘩別れには驚きました。この二人を私は報道の範囲で知っている(つまりほとんど知らない)けれど、「人としてのまともさ」はどう見てもゼレンスキーが上でしょう。それにしても相手が悪かった。トランプは「礼儀知らずの恩知らずだ」と怒りました。ゼレンスキーは「進むべき道を進まなかった」という反省の弁をSNSで述べました。たしかに彼は失敗したのでしょう。

 こんなとき日本人だったらどうかと私はつい想像します。まず日本の首相ならふだん着で海外訪問を行いません。非常時であろうと、いや非常時ならなおさらのこと、礼を失しないようにとスーツを着るはずです。そしてホワイトハウスに着くやいなや、「おおきに、すんまへん、おおきに、すんまへん」と繰り返すでしょう(関西出身なら)。会談でもホメ殺しから始めます。「おかげさんで私ら生きさしてもろてます。いよっ、大統領!」

 これに比べてゼレンスキーは堂々としています。外国の軍事支援は当然だと思わないにしても、自分たちが西側の最前線で身体をはってロシアを食い止めているという思いが強いでしょう。米国にしてもロシアの版図が広がることは防ぎたいし、「黙認は譲歩だ」と考えているはずです。兵器を実戦消費して軍事産業の活力を維持する狙いもあるでしょう。そもそも純粋に理念のための他国支援などあるはずがありません。

 したがって米国・ウクライナの関係は非対称ではあるものの日米関係より対等に近いと思います。それでも(鉱物資源の決裂もあり)トランプとバンスは立腹しました。ゼレンスキーの立場で考えると、すなわち外国を訪問して自国の運命にかかわる会談にのぞむ政治家の身になると、「自分の背後にいる自国民をより強く意識する」か、「目の前の相手国の首脳をより強く意識する」かという二方向に心が動きます。

 どちらも大事なことは言うまでもないけれど、ゼレンスキーは前者に流れました。日本の首相なら逆であったと思います。仮定と推測で書いていますが、これは自他意識の差によるものでしょう。いまウクライナは修復に努めていますが国民は大統領を責めてはいないようです。それにしてもどこの国のリーダーもSNSの政治利用が当たり前になっています。これが「今どき」なのでしょうが私には公私溶融に見えます。

 さて兵庫県知事です。百条委員会の見解、すなわち内部告発者への対応、通報者の公表と処分、その個人情報の暴露、パワハラ等におおいに問題ありとする報告書は、事実にもとづく客観的な判断であったと思います(もっとしっかり断定せよと言いたいけれど)。一連の出来事のなかで県職員2人、県議1人の3人が亡くなっています。痛ましい怖ろしいことです。職員の「公僕パワー」はだだ下がりに違いありません。

 斎藤氏は報告書を「一つの見解」だと矮小化し、「最終的には司法の判断」だと繰り返しています。こういう人物のメンタルはいったいどうなっているんだろうと思います。「蛙の顔になんとやら」ですが蛙は邪悪さと無縁です。友人O君の怒りは沸点に達していることでしょう。あとは司法が頑張るしかないとすれば、地方自治はもうアウトです。今後も注視です。

 前回記事をアップした後にO君に「書いたぞ」とメールしたら「おっきに。おもろかったわ。ユダヤ人のことが分からんて I が言いよったのがおかしい。O先生ならどう言わはるやろ」と返事がありました。一方で I 君からは「O先生に申し訳ないほど世界史が悪かったのに自分が人を教えてたんやからな、、。それにしてもOとのやりとりは面白かった」とラインがありました。

 内輪の昔話で恐縮ですがO君とI君とは高校以来の友人です。二人とも前回記事にちょっぴり登場しましたが、それを読んでお互いに相手のことを可笑しがっていることを、私は面白く思いました。クラス担任であったO先生は世界史を教え、生意気ざかりの生徒たちから尊敬されていました。ユダヤ人とはいかなるものかについてO先生のご意見を聞いてみたいとO君は言っているわけで、それは私も同じです。







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