大津絵はご存知のとおり江戸時代に大津町の追分や大谷で街道の土産物として描かれていたヒット商品で、素朴で飄逸な味わいがあります。私の記憶によれば半世紀前の広辞苑に記載されている大津の事物は「大津絵」、「大津事件」、「瀬田唐橋」でした(いまはインターネットで何でもアリですが)。大津市歴史博物館の大津絵コレクションが充実しているのも当然でしょう。ちなみに民藝運動の柳宗悦も大津絵について書いています。
T君は常設展の大津絵を熱心に見てまわり、現在の作家である高橋松山氏の大作の前で長く立ち止まっていました。彼が一週間はやく来ていたら特別展が見られたのにまことに残念、せめてパンフレットが残っていたら一枚もらおうと受付でお願いしたら「図録ですか?」と聞かれました。私が「はい」と答えると、受付の人は心なしか困ったような様子で「上司と相談してまいります」と小走りに事務所に消えました。
パンフ1枚でたいそうなことだと私がその後ろ姿を見送った時、売店で部厚い図録が売られているのに気がつきました。売価2000円。しまった、それをちょうだいと私は言ったわけです。汗がふきだしました。まもなく戻って来た受付の人に勘違いを謝罪してお金を払いましたが、その人から恐縮されて私はよけいに恥じいりました。こうした次第でT君は立派な図録を手に入れたのです。
この日は坂本に足をのばしました。鶴喜蕎麦の店先は人だかりです。私は待つことが嫌いですが(平素はだらだらしているのに待つときだけ人生の砂時計が落ちていくと感じる)、遠来の友人をもてなすには行列の店がよかろうと店頭の用紙に名前を書きました(私たちは27番目!)。それにしても隣の日吉蕎麦は、味は遜色ないのにいつもガラガラで気の毒です。鶴喜蕎麦の前で悠然と待ちにかかるT君を説得してまず街を歩きました。その後の蕎麦はまことに美味。
ついで三井寺に行きました。ここは私の庭ですから壬申の乱、円珍の入唐、紫式部とのゆかり、芭蕉の句、ロシア皇太子の訪問などの「解説」をしましたが、T君がおもしろい感想をはさむのでいい気分でおしゃべりさせてもらいました。ニコライ皇子も眺めた高台からの琵琶湖の風景はやはりよいものです。残念ながら草津にはこの俯瞰がありません。湖東平野はのっぺりしています。
翌日は琵琶湖博物館に行きました。大変な人出に驚きましたが、何とかの日で入館無料でした。ここは「もと生物班」のT君の独壇場で私がもっぱら聞き役です。前に壊れたトンネル水槽は直っていたけれど琵琶湖オオナマズの水槽が工事中で残念でした(その他の展示はVery good)。植物園も楽しくめぐりました。芝生広場から対岸の大津のまちと比叡、比良の山並みを遠望しましたが、これはこれでよいものです。古来、大津と草津は琵琶湖をはさんでお互いを眺め合ってきました。二日間とももったいないほどの好天に恵まれました。
琵琶湖博物館では「学芸員が個人名をだして来場者にじかに語りかける」工夫があちことに見られました。大津市歴史博物館からも同じような趣向が感じられます。これらはとても良いことで展示が生きると思います。博物館は派手な施設ではありませんが、大切な公共財産であると改めて思った次第です。このあと湖岸をドライブし草津駅でT君と別れました。
翌日、T君がメールをくれました。その一部を無断転載させてもらいます。
~ 坂本の参道は思いもかけぬ立派さにびっくり、 鎌倉鶴岡八幡宮前にもちょっと通じるかなと思いました。 三井寺の境内も古都ならではの気配、 落ち着きと歴史の重みに覆われて楽しい散歩でした。 静岡の街は第二次大戦で市内全域が焼け野原となり、 今あるのは戦後の安普請ばかり、 そこには関西のような歴史の重みはありません。 単なる街道の宿場が家康隠居により急こしらえされた地方都市。 過去でもなく未来でもない現在を大切とする江戸っ子気質、 それなど著わした十返舎一九は静岡生まれです。
入手にもドラマのあった大津絵図録のプレゼント本当にありがとう ございました。パラパラと眺めるままページを繰っただけですが、 これが大変な力作。 近江の誇る一時代成した郷土文化であると博物館学芸員総出の企画 だったのではと思います。 詳細な解説やきっと手抜きないであろうコラムの予感、 深まる秋の夜じっくり読ませて頂きます。~
メールに添付されていた写真の一枚を以下にかかげます。T君の来年の「草津詣で」を待つこととします。
ひとつ書き足します。私は先日テレビで見た「ペルーで発見された千数百年まえの宇宙人のミイラ」についてT君の意見を聞くのを楽しみにしていました。広場のベンチに腰かけてその話をすると、彼は「それは金めあての集団による創作だろう」と夢のないことを言います。ミイラの発見者、調査した科学者、地元メディア(第一次情報源)などが悪者の一味だという推測です。
このミイラは小柄な人間ほどの姿かたちで手足の指が3本(関節は9個)、額には金属プレートが埋め込まれていますが、周囲の組織の再生状況から手術後もその「宇宙人」が生存していたと考えられるうえ、額の金属は21世紀にようやく発見された希少金属です。またCTスキャンの結果、体内に3本指の胎児がいることが判り、これらすべてに偽造の痕跡が見当たりません(私の見たテレビによれば)。
その昔、ジョージ・アダムスキーが宇宙人と一緒に宇宙船(アダムスキー型円盤)に乗ったという体験記が広まり、少年であった私はそれを信じていました。いまはもう信じていませんが、一方で、地球人が存在しているという事実そのものが宇宙人の存在の蓋然性を示しており、星の数もそれこそ「星の数」ほどありますから、進化した地球外生命体がいても不思議ではないと思います。
「ペルーの宇宙人のミイラ」はさすがに胡散くさいけれど、この手の話が私は決して嫌いではありません。宇宙人ばかりでなく、いわゆる霊的なものにも興味をひかれます。ルドルフ・シュタイナーの神智学、鈴木大拙の日本的霊性、これらと毛色は違うけれど気功の達人による遠当て(かめはめ波みたいなパワー)、武術における気合い、済州島の巫女、恐山のいたこ等々。イエスキリストも奇跡を行いました。
「霊感が強い」人の不思議な体験談も聞いたことがあるし、私自身も陰陽師に見てもらったことがあります(私の背後に千手観音と諸葛孔明がついていると言われました)。私は、現代科学で説明できないスピリチュアルなことを鵜呑みにはしませんが、そうした体験したと語る人の中に「嘘をついていない人が含まれており、それが妄想ではない場合がある」と考えています。これらは世界をどう解釈するかの問題ですから十人十色でしょう。いずれスピリチュアルと宗教についても書きたいと思います。
(三井寺より・Tカメラマン)

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