長く生きて天を仰いだり地を見つめたりするうちに星のかなたにあった宗教が少しずつ接近してきました。「宗教は民衆のアヘンだ」などという今思えば不遜な言葉にかぶれていた若き日の自分がその分だけ遠ざかりました。4年前のこと、友人Nさんがくれた手紙の一節に心の深くから発された言葉があり、それで彼女がクリスチャンであると分かったことにもなぜか心を動かされました。
その後、Nさんから宗教との出会いや彼女が通う神戸の教会について聞く機会があり、私もその教会の礼拝説教の配信を見るようになりました。また、真宗の住職であるI君から時おり無料レッスン(!)を受けています。といって私は特に「救い」を求めてはおらず、ただ宗教への興味が増しただけの話です。知ることと信じることは違いますからいずれ多少の知識を得たとしても自分が教会やお寺の門をくぐることはない気がします。
というわけで今回もおそまつな宗教談義ですが、見かねた読者の指導・助言を期待してのことでもありご了承いただく思います。さて、宗教は合理性のモノサシで測れないと知りつつも、私は出だしから「つまづきの石」につまづきます。たえば聖書。紀元前10~1世紀ごろに成立した旧約聖書はもともとユダヤの経典だからさておくとして、キリスト教の正典である新約聖書には創始者イエスがまったく関与していません。そんなのアリですか。
イエスはたくさん歩いて話したけれど文字を残しませんでした。その没後およそ二十年から百数十年ほどの間に弟子や孫弟子がイエスの生涯や教団の活動に関する様々な文書を残し、それらがギリシア語で整理統合され4世紀ごろに完成した部厚い本が聖書です。収められた物語には相互矛盾もあれば異本もあり、また時代ごとの「現代語訳」も繰り返され今日に至ります。イエスが聖書を読んだら「これは私の意図するところではない」と言うかも知れません。
果たしてイエスは山の上から群衆にむかい「貧しい人々は幸いである」と言ったのか(ルカ伝)、あるいは「心の貧しい人々は幸いである」と言ったのか(マタイ伝)。これは日本語訳の問題ですが「心」の一文字によって意味も状況も大きく変わります。またイエスの出自は「大工(技術者)の子」であったのか「石工(最底辺の肉体労働者)の子」であったのか。これもイエス像に関わる問題です(この箇所は五木寛之と本田哲郎の対論「聖書と歎異抄」によります。翻訳の課題は一つや二つではありません)。
さらに、「イエス(神の子)」も「精霊」も「神」であるという三位一体説は、神の唯一絶対性を根拠とするキリスト教の教義と合いません。これは素朴な疑問ですから教会(公会議)には模範解答があるだろうし、「天地創造」についてもその後の科学的知見(地動説や進化論など)との折り合いがつけられているでしょう。いずれにせよ聖書は遠近両用メガネで読まなければならないというのが私の感想です。
仏教にも同じことが言えます。釈尊も文字を残さず、没後に弟子たちが集まって「記憶あわせ」をしながら口頭伝承に努めました。それが文字化され最初の教典ができたのが500年後だといいますから、その悠長さはキリスト教の比ではありません。経典の数もケタ違いです。経・律・論の三蔵と注釈書からなる「一切経」の総数が5000から7000巻、1万巻を超えるという話さえあるのは誰もが正確に数え切れないからでしょう。お釈迦さまもびっくりです。
釈尊は「自力による個人の解脱」を説いたけれど、没後に初期教団の中から「他力による衆生の救済」をめざす大乗仏教が現れ、正統派を自任する上座部仏教との対立が起こって多数の宗派が生まれてインド内外に伝播しました。いまの経典を見て、「これは私の意図したところではない」と釈尊も言うかも知れません。キリスト教や仏教の現在地は創始者から離れている可能性があります(これについては後述します)。
釈尊は神ではないけれど「悟りを開いた人」という絶対性が仏教を支えています。しかし釈尊以前にすでに悟りを開いた人(過去仏)がいて、釈尊は仏法(因果律)の創始者ではなく単なる発見者であり、さらに56億年後には未来仏・弥勒菩薩が出てくるのだそうです。つまり仏陀クラスの人が少なくとも3人は措定されています。同時に、この世界以外に210億をこえる別世界があり、そこに一人ずつ仏がいるという「一世界一仏」の考えもあります。絶対者の価値を薄める話です。
ところで日本では聖徳太子の時代から明治初期にいたるまで知識人が漢文のお経を読み、大衆は教えを耳で聞きました。ガンダーラ語やサンスクリット語の原典など誰も知らなかったでしょう。日本仏教のルーツがインドではなく中国仏教であることは明らかです。私はその違いなど知りませんが、表意文字である漢字の魔力によって原義が変容している可能性は大いにあります。私たちは釈尊の教えからだいぶ離れているかも知れません。
しかし、宗教は元来そんなものなのでしょう。発祥の地から言語と民族の敷居をこえ、はるかに時代をこえて伝播と受容をくり返すうちに変化するのは自然であり、また変化しなければ途絶えていたでしょう。インド原産の仏教の言葉(たとえば三千世界、達磨、無量寿経、法華経、阿弥陀如来、大日如来、煩悩、慈悲その他いろいろ)は中国流に大胆にアレンジされて(音訳、意訳、ハイブリッドなど)いま目の前にあります。これらについて釈尊の見解を聞きたくなります。
イエスは2000年前、釈尊は2500年前の人です。伝説的な偉人の人の本音を知りたくなるのは人情です。現に聖書の中からイエスが実際に口にした言葉を探し出す研究があります。仏教においても釈尊が話した「直説(じきせつ)」かどうかがかつて論争の的になりました。私も似たような疑問を呈しました。しかしこれらはとるにたらない問題かもしれません。
ソクラテスや孔子も文字を残しませんでした。彼らの言葉は弟子により文字化されて残りました。そこには最初から弟子というフィルターがかかっています。後世が知るのは「語られた内容」ではなく「受け止められた解釈」です。昔の偉大な思想とはそういうものでしょう。親鸞は〈教行信証〉を書いたけれど、彼の教えは弟子唯円の聞き書きである〈歎異抄〉によって広まりました。
歎異抄にいわく、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとえに親鸞一人のためなりけり。さればそくばくの業をもちける身にありけるを助けんと思しめしたちける本願のかたじけなさ」。阿弥陀如来の本願はすべての衆生ではなく自分一人に向かっているのだという親鸞の解釈は自らの「救われ難さ」の自覚によりますが、これは思想の受容の究極の形であると思います。
とすれば、「私のキリスト教」、「私の真宗」でなければ宗教について語る意味はないかも知れませんが、今後も時おり素人の宗教談義を続けます(近いうち聖人I君、ビワマスの神O君を招いて「新春法談」の予定です)。
選挙は自民圧勝の見込みです。国論を二分することを辞さないポピュリスト政治家・高市早苗が仕掛けた人気投票に「いいね」で応じる有権者が多数を占めるなら、この国はあぶないと思います。新春法談は政治談議になりそうです。

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