2026/06/26

313)ボランティア余聞

 国旗損壊罪法案は、審議が進むほどに白黒(白赤?)のあいまいさが際立ってきました。朝日新聞によると中道の後藤祐一氏が「日の丸に『日本頑張れ』と書くのはいいが『国旗損壊罪反対』としたらアウトか」と聞いたのに対し、自民の長谷川淳二氏は「メッセージの内容は考慮しない。客観的な状況により判断する」としか答えることなく、肝心の判断基準(線引き)はあいまいなままです。

 では日の丸に「堂安ガンバレ!」と書いてスタジアムで振ったらどうなるか。応援で噴き出す汗をその旗で拭いたらどうか。腰に巻いてフラダンスをしたら。褌(フンドシ)にしたら、、、。 自民党はお子さまランチの旗(前回記事でも書きました)のほかに「よくある質問」を数百も作って、先ずは自分たちの頭の体操から始めるべきではありませんか。

 仮に校庭の日の丸を引きずり降ろして「高市のあほ」と書き、ふたたび掲揚するとします(ケースA)。この場合は国旗損壊罪、侮辱罪ばかりでなく「国家機密漏洩罪」に問われる可能性があります。三番目の罪は今はないけれど、自民党が国家情報局とセットで成立を目指しているものです。 「高市は中傷動画を主導した」と書いた場合(ケースB)は、侮辱罪でなく名誉毀損罪に問われる可能性があります。

 ケースAについて「それは国家機密ではなく周知のことだ」との反論が出るだろうし、ケースBは「事実を指摘している場合は名誉毀損に当たらない」という意見も出るでしょう。もっともですが、いずれにせよ高市首相の資質に帰着する問題です。特に中傷動画の疑惑は日増しにふくらむばかり。高市氏は演技と策略をよして秘書の国会招致に応じるべきでしょう。

 おっと、今回は楽しい話を書くつもりでした。読む人に楽しいかどうか分かりませんが、少なくとも政治の汚濁から遠い話です。私が昨年から足しげく通うようになった「キラリエ草津」は、大津の「明日都浜大津」に似た複合施設で、草津市社協、男女共同参画センター、子育て支援室、商工会議所などが入り、隣にはフレンドマート(小さな平和堂)もあって多くの市民が訪れます(行政には嬉しいことでしょう)。

 この施設はオープンして5年ですが、毎年、全館あげて「キラリエまつり」が開催されます(今年は6月13日)。これにあわせ市社協が主催した「ボランティアマルシェ」に私はスタッフとして参加しました。早い時期からのグッズ製作、前日の会場設営、当日の運営や後片付けなど、市社協の職員さん(私の子どもと孫の間ぐらいの年齢の女性たち)の指示にしたがって動きました。望むところです。

 当日は6階フロアいっぱいに「知る」、「ためす」、「作る」、「伝える」などをテーマとするブースが設けられ、大勢の親子連れで賑わいました(来場者は795人)。私は会場出口に設けられた「感想コーナー」を担当したのでその模様を書くこととします。来場者が小さなハート型シールにコメントを書き、それぞれボードに貼って「大きなハート」を完成させる趣向です。一部の人にはインタビューも試みました。

 皆さんから楽しかった、来年も来たい、という声を頂いた中で、特に印象に残ったコメントとして「ボランティアさん、職員さんイキイキしてステキ」、「たくさんの人に支えられて社会はできてるなあ~」、「ボランティアの方がこんなに多くいらっしゃるとは草津は本当によい所ですね!!」、「地域のことを知る良い機会になりました。ありがとうございます」等というものがありました。これまた「行政的に」嬉しい声です。 

 この日の運営を手伝ったボランティアは学生が40人ほど、一般市民は50~60人いたと思います。ブースの中でも手話、点字、バルーンアート等のボランティア団体が活躍していたので文字どおり「ボランティアマルシェ」の一日となりました。これを企画、準備した草津市社協の力量を私は評価しますし、そのお膳立てがなければ多数のボランティアも力を発揮し得なかったでしょう。

 それにつけてもボランティアの面々はよく動くのです。たくさんの机やイスの撤去と復元、パネル類の移動、位置決めのテープ貼り、工夫をこらした飾りつけ、準備としてメーカー提供の紙おむつから芳香剤のビーズを取り出す作業(ゴーグルと手袋装着)、スタンプラリーのカード作成(果てしない反復)等々。彼らが機嫌よく、骨惜しみせず動く様子を私は共感しながら興味深く眺めてきました(まあ私もその一員ですけれど)。

 その理由は何かと考えるに、やはりその行為が無報酬であることが大きいでしょう。そのことによってボランティアは、社会の隅々まで浸透している市場原理(あくなき利潤追求、あらゆるものの商品化、対価の要求など)から解放されます。自分の主人は自分であることを、ささやかな行為を通してであれ実感できます。この満足感は時給を受け取ったとたんに消滅します(時給1万なら話は別)。

 とはいえ他者の承認を求めるのが人の常ですから、周囲(来場者、社協スタッフ、ボランティア仲間など)から発せられる労いや感謝のひと言がボランティアの心に嬉しく響きます。私が今回はじめて参加した「ボランティアマルシェ」の盛況は、前回記事でふれた「サードプレイス」がこの場と人々に立ち上がったことを示しています。市社協の課長さんが「今日、この場に、まちが、草津のまちが出現しました。ここにいるすべての方々のお蔭です」と挨拶されたことが思い出されます。それにそもそも私たちは良くも悪くも勤勉なのでしょう。

 話はかわって少し前、市のコミュニティ事業団が「キラリエ」で催した「多文化共生を考えるラウンドテーブル」という会議に出ました(参加者が幾つかののテーブルに分かれて話し合い、最後に発表を行う例のスタイル)。会議は平凡でしたが、私はくじ引きで隣り合わせた女性の発言に耳を引っ張られました。

 ~ 多文化共生といってもこの場には共生を想定される「相手方」が来ていない。多数者ばかりで話し合って意味があるのか。うちの子どもは養護学校に通う少数者であり、そのような存在を社会の多数は知らない。ラウンドテーブルにつくことさえできない。インクルーシブはお題目にすぎない。私は、まず存在を知らしめる活動を一人で始めた ~

 私の意訳を混じえていますが、その人はおおよそ上記のようなことを言い、私は不意をつかれた気になりました。当事者性が問われています。彼女が、私が以前に管理者をしていた発達支援教室で「ママさん茶会」を開いているという思いがけない偶然があり、後日、私もそこに参加する機会を得ました。これはボランティアと直接に関係がないけれど「キラリエのご縁」です。

 その前後に、FMラジオで発達障害の「グレーゾーン」を「パステルゾーン」と呼ぶべきであるとの意見を聞きました。解説は不要でしょうが、私はこの言葉にも膝をうちました。春の入院の際にT君の勧めでラジオを聞く習慣がつき、以降多くの情報をラジオから得ています。

 また同じ頃、突然、その発達支援教室の元指導員(3人の女性)から同窓会のお誘いを受けました。全員そろって1歳児のママさんで会場さがしに苦労したあげく、わが家にお越しいただくことになりました。これも嬉しいご縁です。縁を感じるのは老化(よく言えば熟成)の現れですが、それを拒むものではありません。

 二日も雨に閉じ込められると桐生が恋しくなります。明日も雨。写真はいつもどおりT君の作です。





 

 

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