2026/07/17

315)皇族数の確保

 ~「兄上、もうお休みでしたか?」、「まだだよ、どうした?」、「典範です。腹が立って眠れません。ヤンバルクイナやノグチゲラではあるまいし」、「またその話かい、あやちゃん。たしかに我々は絶滅危惧種あつかいだ。哺乳類ならツシマヤマネコやアマミノクロウサギといったところさ」、「しかし絶やさぬために養子までとりますか? その子は男児をもうける道具になり果てます。そもそも私たちすべて生身の人間じゃありませんか」、「その生身の人間が象徴というとてつもない重荷を担っているよ」、「お察しします。しかし却って国民との距離が近いではありませんか。今は政府の方が遠くにあります」

 「あやちゃんも知ってのとおり自民党のめざす国の姿は復古的だ。改憲案で『象徴』を『元首』にしようというのは有難迷惑だし、かたや尊重されるべき存在たる『個人』を『人』に変えるという。国民をのっぺらぼうにして皆で国家に尽くせというわけだ。パパとママは『象徴』という器を戦後民主主義で満たそうと努めてこられた。これをToo Muchだと政府は思っているらしい」、「パパ、ママが築き、兄上が引き継がれた『国民と苦楽を共にする在りよう』にあのタバコくさい指を触れさせてはなりません」

 「それもつまるところ国民次第じゃないか。幸いにも国民は政府より賢明だ。長い目で見ましょう」、「しかし連中は何が何でも女性即位を妨げたいようです。アイコちゃんなら申し分ないのに」、「いや、カコちゃんも適任だしヒサヒトくんも先が楽しみだ。内部人材があっても我々にはどうしようもない。すまじきものは宮仕えとは皮肉なものさ」、「折をみてあの女人にがつんと言ってやります」、「言葉をよく選んでね。魂のない相手だよ」、「心します。たびたび申し訳ございません。兄上にはせめて佳い夢をご覧になりますよう」、「うん、あやちゃんもよい夢を」~

 といったような通話が、某夜、東の方角で交わさたかも知れません。皇室典範が「改正」されました。ここにいたる経過も改正内容もお粗末ですが、その底流にある皇族のモノ扱い(これらの方々を「DNAの運び屋一族」としか見ない非人道的な思考)はまことに不愉快です。でも私は天皇制の礼賛者ではありません。このことに簡単にふれます。

 「神武天皇は実在の人物であり、以来2600年の間、男系男子によって皇統が保たれてきた」のは作り話ですが、これは民族の神話だから「まあよし」としましょう。肝心なのはその物語の「社会への適用の仕方」であって、これが先の大戦で皇国史観として鼓吹され、戦争遂行の心的エネルギーの燃料とされたことを私たちは忘れてはなりません。そして今また高市内閣がその二番煎じを淹れようとしています。

 天皇は国および国民統合の象徴であると憲法で定められており、私は憲法を擁護し遵守する立場ですが、実は天皇制は民主主義と原理的に相容れないと考えています。日本は先の大戦で天皇および指導層の戦争責任を不問にした過去がありますから尚更です(前も書きました)。しかしこの背理を克服する努力は、上皇ご夫妻によって、すなわち政治家でも国民でもなく「象徴の側」からなされ、今上に至っています。

 この経過において民間から皇室に入った美智子妃の存在はとても大きなものでした。国民との対話の現場で床に膝をついて目線を合わされた皇族は美智子妃の前になく、やがて明仁天皇がこれに倣われました。お二人が象徴の在り方について話し合い思索を深められたことは想像に難くありません。ヒロヒト天皇の善行は、前例のないお二人の結婚を承認したことに尽きます。

 皇室の女性が即位後に民間人と結婚する場合も、逆に民間人と結婚してから即位する場合も、基本的に上皇ご夫妻(明仁天皇と美智子妃)と変わりません。国民の多数も同意見でしょう。その民間人が女性ならばよく、男性ならばダメだというのが政府の考え方ですが、合理的な説明は不可能でしょう。

 「男系男子」について言うと、生物学的には一人の男性はおそらく数千人の子ども(その半数は男児)の父親になれるけれど、一人の女性はせいぜい10人ほどの子どもの母親にしかなれません。男系男子が繋がりやすいのは当たり前です。また、「神武天皇の血統」についても、1代ごとに女性の遺伝子が加わりますから、120代も経ると当初のDNAは「2の120乗分の1」(ほとんどゼロ)になる理屈です。逆に言えば女性のお蔭で男系男子が続きます。男がそんなに偉いなら男だけで男の子を生んでみろ。男の私でさえこう思います。

 「連綿と続く男系男子の皇統は世界に類のない日本固有の伝統的価値である」というのは歴史的事実ではなく一つのイデオロギーに過ぎません。個人の思想信条は尊重されるべきですが、他人には他人の思想信条があります。高市氏がこうした政治的主張を強硬に述べたてることは危険です。国民の間にはともすれば分断や対立が生じます。政府がそれを煽ってどうするのですか。皇室の方々もさぞ心を痛めておられることと拝察します。

 天皇は「国民統合の象徴」ですが、国民の半数は女性であって、天皇の性別が男性のみに限られることはその象徴性を損ないます。時代が変われば人の意識も変わるのが道理です。男女平等の思想と伝統文化は別物であるという意見があるけれど、私はそれに反対です。たとえば女性が大相撲の土俵に上がれないことは馬鹿げたことだと思っています。それなら相撲協会は公益財団法人の看板を返すべきです。

 結論はこうです。即位は長子優先とし女性天皇を認める(ヨーロッパの王室のように)。養子は認めない。民間からの皇室入りは男女を問わず婚姻の場合にのみ認める。女性皇族が結婚した場合、配偶者も子どもも皇族とするが、配偶者には皇位継承権を認めない。皇族が同性と結婚することについては国民の動向をふまえ今後の検討事項とする。要するに男系男子神話との決別です。

 いま「認める」とか「認めない」と言いましたが、これも考えてみれば人さまに対して失礼な話です。皇族は特別の存在ですが、その方々が享受する「自由」が早く国民レベルに向上(降下?)することを私は願います。そして将来的には国民に吸収合併されてもよいのではないか。私たちは天皇という存在を戴かない国の在り方を夢想してもよいのではないか。私はこのように思います。





ちなみにヨーロッパの王室は男女を問わず「長子優先」に変わっています。
 

 

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