先月、ニューヨークの空港に降り立った高市首相がタラップ上から大きく手を振る映像が流されました。ところが待機していたのは WELCOME を歓呼する群衆ではなく、領事館のスタッフ数名であったため「エアお手振り」と揶揄されています。また高市氏は国連の演説でも舞台俳優のごとく熱弁をふるいましたが、空席ばかりで「ガラガラ演説」と評されました。うまいことを言うものです。
しかし、政治家に演技はつきものだし、そもそも私たちの対人行動は演技と非演技の境界があいまいであり、人間とはそういうものでしょう。なぜ高市氏の演技が鼻につくのか。それはこの人の発言(鹿の腹けり等)やパフォーマンス(靖国遥拝など)が頑なな思い込みによるもので、同時に仲間内(日本会議、神道政治連盟、遺族会、ネット右翼など)へのアピールに過ぎないことが明らかだからでしょう。底が浅いのです。
1945年、米ソを中心とする戦勝国により創設された国連において日独伊が「旧敵国」とされたのはむしろ当然で、これら負け組がまたぞろ不穏な動きを見せた場合には「問答無用で懲らしめるぞ」との牽制でもありました。一方で米国の原爆投下は問題とされず、核保有の不均衡も是認されるなど強者の論理が目に余るけれど、かといって国連の存在意義を否定する人はまずいないでしょう。
創設から50年後の1995年、旧敵国条項は時代おくれだ(そろそろ許してやろう)という決議が国連総会で採択されました(賛成 155、反対 0、棄権 3)。これももっともな話です。しかし、北朝鮮は「過去の清算に努めてきたドイツとそうでない日本を同列に扱うことはできない」と主張し、キューバがこれに賛同、リビアは「それより国連憲章全体を見直すべきだ」との考えで、この3国が棄権しました。
敵国条項をなくすには加盟国の3分の2以上の批准を得ること、その中に安保理常任理事国(米英ロ中仏)が含まれることが必要であり一筋縄でいきません。同じ労力をかけて国連憲章を改正するなら、一番の課題は五か国に対する特別扱いの是正であると各国が考えるのは当然ですが、これはさらに難易度が上がります。
また、日本をドイツと同列に扱うことはできないという1995年当時の北朝鮮(金正日委員長)の見解は、国際常識のようなもので(前にも書きました)、賛成票を投じた国の中にも内心で北朝鮮の見方に賛同する国が多かったであろうと私は想像します。それやこれやで敵国条項が残っているけれど、事実上、死文化しています。
それでも高市氏はあえてこの話題を持ち出し、「そういえばワシらは日本帝国と戦った仲間どうしだもんね」と米中首脳に肩を組ませる露払いをしました。台湾発言のあと始末さえできない高市氏が「私のドナルド」に文句を言える筋合いはありません。お粗末至極です。
国連は改革されるべきでしょうが、日本が常任理事国や非常任理事国をふやそうと本腰を入れるならアジア、アフリカ諸国との連携を強化するべきだし、なによりまず米国に対して分担金を支払うよう求めるべきだと思います。また、国連と別組織ではあるけれどICC(国際刑事裁判所)に対するトランプの攻撃に対して苦言を呈するべきでしょう。
国会が始まり、首相の所信表明全文を新聞で読んだけれど、例によって抽象的、網羅的、恣意的、あいまい、空疎な文言が並んでいました。消費減税と給付にともなう年5兆円の財源を示すことなく「心配に及ばない」と述べたことにも呆れました。野党の奮起を期待しますが、日本語で行われる議論の行く先がすでに見えている気がします。内閣支持率が高止まりしているのも悪夢を見るようです。
ところで戦争犯罪と真摯に向き合い、処罰、補償、教育などに力を入れて来たドイツ(日本がお手本とすべき国)において極右政党が躍進し、ナチスへの忌避感が薄れていると聞きます。両者は別物ですが、「民族」を政治の基軸とする発想は似ています。民主主義はそれ自体を否定する思想を内包せざるを得ない制度であるならまことに危ういものです。啓蒙専制君主制とどっちがましでしょうか。

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