2023/10/13

218)10万年の決断

 大津市の新庁舎建設がスタートしましたが(記事200「庁舎整備」)何といっても大事業です。移転先が決まれば基本計画、基本設計、実施設計、造成工事、建築・設備工事、外構工事などの工程があり、それぞれに業者選定や完了検査など前後のステップもあるので新築移転まで今後7~8年はかかるでしょう。それまで現庁舎が頑張ってくれたらその寿命は60年余となります。

 新庁舎の寿命はどれくらいでしょうか。鉄筋鉄骨コンクリートの建物の法定耐用年数は60年ですが、設計・施工・維持管理が良ければ100年もつと言われます(滋賀県庁本館は80年を過ぎても現役)。この期待値に基づくなら佐藤市長(大津市民)は今回「100年の決断」をされたことになります。大津の未来のための主体的な決断です。

 一方で、国に迫られ大いに苦悩した結果「10万年の決断」を下した自治体があります。核のゴミの最終処分場誘致に揺れた長崎県対馬市です。最終処分とは、地下300m以深に巨大な空間を確保して高レベル放射性廃棄物を搬入し、その放射能が天然のウラン鉱なみに低減するまでの10万年にわたり保管するという気の遠くなる話です。先ごろ対馬市長は、国の選定プロセスの第1段階となる「文献調査」を受け入れないと表明しました。鼻先にぶら下げられた20億円の交付金を蹴ったわけです。英断だと思います。

 原発が不要かつ有害なもの、すなわち「必要悪ですらない」ことは既に書きました(記事185「原発事故4・国策のわけ」等)。しかし使用済み核燃料は各地の原発施設内と六ケ所再処理工場に溜まり続けており、その処分もまた大きな課題です。使用済み燃料は単なる「燃えカス」ではありません。炉内の核分裂反応でプルトニウム等が新たに生成されており一段と危険度が増しています。原発がプルトニウム製造機といわれるゆえんです。

 ところで地層処分する「核のゴミ」とは、使用済み燃料のことではなく、それを再処理してプルトニウムを取り出した後の廃液をガラス固化したものを指します。これは国が「全量再処理」に固執しているためですが、その方針と現実は大きく食い違っています。東海村の後継として六ケ所村に建設された再処理工場は事故続きで25年たっても稼働できず、再処理はフランスとイギリスへの委託に頼らざるを得ない状況です。

 再処理した後の廃液(硝酸液)は人が近づくと20秒で死に至ると言われ、ガラス固化体も強い放射線と高熱を発するため30~50年ほど冷却する必要があります(中間貯蔵)。その後、炭素鋼の容器にいれ、緩衝材にくるんで地中に埋める手順ですが、すべて遠隔操作で行う必要があり、福島第一原発のデブリ撤去より難易度が低いにしても難事業に変わりありません。

 そもそも日本はプルトニウムの「在庫」を大量に抱え(8割は海外で再処理)、一方それを燃やせるプルサーマル炉は4基に過ぎず大幅な供給過剰です。しかも再処理工場はわずか1日で原発1年分の放射能を空中と海中に排出するとされ、海外の再処理工場周辺では小児白血病の増加が指摘されています。さらに再処理廃液は冷却と水素除去に失敗すると爆発します。原発も再処理工場も危険です。

 地層処分は、文献調査、概要調査、精密調査と進んで処分地を確定しますが、これらのプロセスに約20年を要します。ついで処分場の建設が約10年、核のゴミの搬入を終えて入り口を閉鎖するのに50年以上かかるとされており、すべて順調に進んで地層処分完了まで100年ほどかかります。とんでもない難事業ですが問題はその後です。10万年の安全を一体誰が保証してくれるのでしょうか。

 対馬市には文献調査(交付金20億)だけ受け入れて後は断ろうという「食い逃げ論」が起こりました。気持ちは分かります。腹をくくって概要調査(70億)まで行けば計90億円のボロ儲け、過疎と産業衰退の足元を見透かすような国のやり方を逆手にとることができたら痛快です。しかし地方自治体は、財政面でも権限面でも国に首根っこを押さえられています。食い逃げに対しては税配分や許認可を通じた倍返しの報復がスマートに行われるでしょう。

 北海道寿都町と神恵内村では文献調査がほぼ終了しました。寿都町で10月3日に行われた議員選挙では推進派5人、反対派4人が当選しましたが町の様子は複雑です。現地を知る人からのまた聞きですが、皆でお祭りができない、立場の違うお店に行けない、付き合いが減ったなどと訴える人が多いそうです。寿都町と神恵内村の人々はどんな思いで対馬市の決断を見たのでしょうか。

 世界の地層処分の先進国はフィンランドとスウェーデンであり、いずれも地元との協議を積み重ねて施設建設の段階に入りました(実際の処分はまだ)。両国とも国土が先カンブリア代の非常に古く安定した「バルト楯状地」にあって硬い花崗岩や片麻岩が広く分布し、火山も存在せず、地震も小さなもの以外はほとんど発生しないという条件に恵まれています(私もスウェーデンを歩いたことがありますが至るところ岩だらけ。ノーベルによるダイナマイトの発明は必然だと感じました)。

 これに比べて日本は、4つのプレート(北米、ユーラシア、太平洋、フィリピン海)がぶつかり合う「地殻変動の国」であり世界の地震の23%が狭い国土で発生しています。しかも火山は多数、断層も多数、地下水も豊富。地下水は深いところにも存在し、国の試験施設である幌延や瑞浪の深地層研究所では、地下350~500mでの湧水対策に苦労しています。

 東日本大震災は太平洋プレートの沈み込みによる1000年に1度の災害だとされています。南海トラフ地震は100年~150年周期。千島から日本海溝沿いの地震は360年周期。これらのマグニチュード9クラスの巨大地震は、今後10万年のうちに数百回発生する計算になります。マグニチュード7以上の地震に広げて見るなら、最近100年に全国で56回発生していますから10万年では5万6千回となります。大きな噴火(噴出物が琵琶湖の容積の4倍を超えるもの)は10回に上るとする研究者もいます。戦争やテロなど人為的な危機もあり得ます。

 対馬市長が上げた拒否理由は次の5点です。
①市民の合意形成が不十分。②観光や水産業への風評の懸念。③自治体として「文献調査」だけ受けることはできない。④事故時の対応や避難計画が十分に示されていない。⑤想定外の要因による危険性が排除できない(地震等による放射能もれ)。いずれももっともな理由です。

 中でも「風評被害」は福島で進行中ですから、「そんな場合に国はどのように支援してくれるのか」と市長が質問状を出したら、国の回答は「交付金の中で対応せよ」との趣旨であったそうです。カネをやるから文句をいうなということでしょう。でもそのカネはどこから出ているでしょうか。結局はすべて「税金」と「電気代」です。
 話のついでにアントニオ猪木氏が議員当時、原発反対候補者の選挙応援演説を200万円で引き受けたところ、すぐさま推進派陣営から1億円の提示があったそうです。出典を記憶していませんが原発はとてつもない利権構造です。

 もとに戻って10万年の話です。地層処分が完了した翌日に陽が昇って沈む1日があり、それを365回繰り返して1年が過ぎ、それを10万回積み重ねて10万年。その最後の日に至るまで私たちの世代の選択の正しさが問われ続けます。対馬市長は市民の分断を憂慮されましたが、その胸中深くには「10万年の責任」への自問があったろうと推測します。岸田首相も西村経産相もそのような態度で10万年に向き合うべし。これは「公」の問題であると思います。

 では核のゴミはどうすればよいか。これは国と電力会社が一から考え直すべき問題ですが、既に日本学術会議が、より安全な最終処分につなげるための「暫定保管」を提言しています。暫定保管とは、使用済み核燃料や再処理後のガラス固化体を冷却水プールではなく安全度の高いドライキャスクで空冷保管し、地上もしくは浅い地下で数十年から数百年にわたって常時監視のもとで管理する方法です。そしてその間に科学的、技術的、社会的な課題について十分な国民的合意を得られるよう努めるというものです。

 そのためにはNUMOによる「事業説明会」ではなく、幅広い多数の専門家による開かれた議論が大切であり、その成果を基にした自由な討論の場の設置が重要です。遠回りのようだしその間に地震もあるでしょう。しかし、拙速な地層処分(それでも100年を要する)よりも「暫定保管」を選択すべきで、そのモラトリアムをしっかりと活かすべきだと考えます。それは「10万年の厄介物」を産み出してしまった私たちにとって次善の策であると思います。

 それにしても10万年後に豆腐や納豆や日本酒は残っているでしょうか。鮒ずしはもう無いでしょう。大津市や滋賀県はあるでしょうか。日本語は通じるでしょうか。町なかを火星人が歩き回っているのではないでしょうか。列島が海中に沈んでいるかも知れません。
 仏教(インド哲学)の「劫」という言葉を思い出します。縦、横、高さが4里の大岩があってそこに100年に一度、天人が舞い降りて羽衣の先で岩の表面に触れる。それを繰り返すうちにやがて岩が磨滅して無くなってしまう。その時間の長さを表す言葉が「劫」なのだそうで、未来永劫の「劫」です。億劫の「劫」でもありますけれど。




  
 



 

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