2024/07/05

239)クレーマーと公務員

 「カスハラ」(前回記事)に続いて「クレーマー」です。どちらも似ていますが、常習性、不当性、強迫性などの点でクレーマーの方が厄介です。その要求が許容範囲かどうかを「お客さま目線」で見きわめる必要がありますが、ここでは疑う余地のないクレーマーについて地方公務員であった私の体験をふまえて書きます。不当要求への対応に尽力される市役所の仲間に向けたエールのつもりですが的はずれなら済みません。

 平等、公平、中立、適正、妥当であることを強く求められる公務職場は、クレーマーにとって攻め所が一杯です。小学1年生が後ろ向きに投げた小石でも、市役所職員が背負っている「公」の大看板のどこかにカツンと命中します。これは理念上は職員が誇ってよく、実感としてはなかなかシンドイことです。市役所のクレーマー対応策は充実しているでしょうが、私の経験を振り返っていま思うことを書きます。

 私が福祉関係の課長になった時、ある人物(A氏)に気をつけるよう前任課長から注意されました。A氏の親族が以前に高齢者施設で亡くなりましたが、A氏は施設の体制や救急搬送された病院の処置に不備があったとして提訴するとともに、施設への入所措置を行った市および上級官庁である県の責任を追及していました。前任課長の2年の在任中にA氏は現れず、その前の課長からの引継ぎ事項でした。このまま来ないで欲しいなと私が思っていたら、ある日A氏が来庁しました。
 
 それから2年か3年か、私が部長になった後もA氏との関わりが続きました。A氏は頭脳明晰で調査力と弁舌力に優れる一方、机を叩く、カウンターを蹴る、怒鳴る、脅す、居すわる、長電話するなど威力を行使して不当要求を重ねました。腕利きのクレーマーだと分かるのに時間はかかりませんでした。施設内診療所の嘱託医の出勤日数や勤務時間の細則を厚労省に電話照会し、それを元に市や県の見解を問い詰めることもありました。県の担当者がなぜか突然に退職するという出来事もありました。

 私は仲間の協力を得てA氏に対応しました。こちらが弱腰になるとA氏が喜ぶと分かっていたし、どのみち逃げられませんから、腹をくくって積極的に「お出迎え」しました。しかし、いくら時間をかけ話しても双方が合意できるはずもなく、よく市長を出せと怒鳴られました。私からは市長に絶対にA氏と会わないよう、私の所に戻して頂くようお願いしてありました。A氏はふらりと現れますがあらかじめ来所日が分っている場合もあり、その前夜はやはり憂鬱でした(この件だけは家で内緒にしていました)。

 A氏は非常に行動的でした。私を非難する看板を立てたこともあったし、施設、病院、診療所等にも出向いて主張をくり返しました。私は関係先からも情報を得ていましたが、A氏の精力的な活動ぶりによく驚かされました(それによってA氏が利益を得たかどうかは知りません)。A氏は何度も繰り返し来庁しましたが、2、3年して姿を見せなくなりました。その頃にA氏が裁判に負けたとの情報を得ました。A氏が市に苦情を申し立てた最大の目的は裁判を有利に進めるためであったと分かりました。私たちは最後まで不当要求には屈しませんでしたが、なんだか「引き分け」に終わったような感じでした。

 他にもいろんなクレーマー(と呼ばざるを得ない人々)に出会いましたが、振り返っていま次のように思います。いうなれば「クレーマー対応の心得」です。

 「公」と「私」に引き裂かれそうになったら「私」をとる・・・押し込まれた時に自分に正直になる、ということです。公務員としてそれでいいのか、公務員がこんなことも知らないのか、俺に言う前に違反者みんなに言ってこい等とキツく質されます。返答に困ったら「ていねいに尻をまくれ」ばよいのです。一度に全部できません、それは知りません、出来ることを順番にやります等と答えましょう。公務を支える自分の「生身」を大事にしないと明日出勤できません。私は「そんな細かいことまで知らない、私の仕事は判断することです」と突っぱねました。自分の腹から出た言葉にはやはりそれなりの力があります。

 「ふだんの声」で話をする・・・クレームの行われる場の雰囲気はやはり通常ではありません。クレーマーは演技者であり、本当に怒っている場合も多々あります。そんな相手の興奮を多少ともやわらげ、一方で自分を落ち着かせるために「通常の空気」をまとうことが有効だと思います。勿論うまくできなくても構いません。意識するだけで違うはずです。

 「それは不当要求ではありませんか」という事例集(紙1枚)を用意しておく・・・すでに役所内で共有されているはず。ファイルにはさんでおき、あなたは失礼ながら今これに当てはまるのではありませんかと見せるのです。私は、「あなたの言動に恐怖を感じているからこれは脅迫です」と伝えました。一覧性を重視してあえて「1枚」としましたが、それでも組織の見解を自分が再確認し、相手に知らせる効果があります。この他に個別面談の具体的ルールに関するペーパーも欲しいところです。

 「職場の人は下を向かない」・・・クレーマーの対応は次第に上席の職員に特定されていくことが多いと思います。それはそれでよいのですが、他の人々もクレーマーの来所時には、全員一斉に目で「お出迎え」しましょう。あなたの行動は見ていますよというサインです。その案件の概要を皆が知っておく必要があります。対応者の孤立を防がなければなりません。

 これら以外に、不当要求ケース専門官との連携(部内に待機してもらったり警察との情報交換をしてもらうなど大変お世話になりました)、時間を切る、録音する、複数で対応する等に心がけました。録音は毎回テープ起こしをしました。A氏の怒声と罵詈が延々と続くので作業にあたってくれた職員が「もうしんどいです」と根を上げたこともありました。

 これまで「公」について何度か書きました(記事124「市役所と株式会社は同じ?」、134「公共の敵が公共であるとき」167「公僕について」など)。公務員の「公」の文字は重い言葉です。しかし公務員も人間です。公務員が公務につぶされては市民のために働けません。このような意味において市職員の方々はどうか自分の「私性(わたくしせい)」を大事にしてください。これは民間の組織で働くひと全般に共通する話です。ユニフォームの中の一人の人間を、その人自身も組織も、大切に扱わなければならないと考えます。





 

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