人生を夢と見なすことは、ある年数を生きた人間にとって何がしかの実感と共に受け入れ可能な見立てでしょう。「人生五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり」は幸若舞、「粟飯一焚之夢」は謡曲「邯鄲」、「処世若大夢 胡為労其生」は私の好きな李白の詩(春日酔起謂志)の冒頭。浦島太郎...
2021/04/03
2021/03/26
139)記憶にございません
お父さん、大丈夫?ほんとに全部わすれちゃったの? 心配ないよ。記憶はね、頭の引き出しにしまう、何年も残しておく、必要な時に引き出しから取り出すの3段階からなるんだ。どれか一つでも調子が悪いと人間は物を覚えられない。むしろ忘れることの方が多いんだ。ひとつ聞くがスネオは先週金曜...
2021/03/20
2021/03/14
137)10年前のこと
東日本大震災の際、大津市は全国の自治体と同じように各部局の職員を被災地に派遣して復旧支援にあたりました。当時私は健康保険部長として保健師チームの派遣に携わりましたが、10年の節目に思い出すことを記します。当時も今も感じることは、国民の生命・安全にかかわる情報(特に原発関連情...
2021/03/07
2021/02/27
135)伊勢神宮のおふだ
「ところで先日、ご子息とご一緒しました。あいかわらずご活躍で、、」「そうか。ま、よろしくな。」、、、文春の次号スクープはこれだと聞かされても私は驚きません(秋本局長は天を仰いだそうですが)。いやまったく。一般的に国家公務員は極めて高い保身能力を有しています。私は身近な場でその実...
2021/02/21
134)公共の敵が公共であるとき
このタイトルをご覧になって、本ブログは早くも越批判に回帰したかと思われたやも知れません。確かに「大津通信」は、公共の敵許すまじという思いからスタートしました。そして当該人物は、「一部の市民」の「一時の利益」しか目に入れず、目的のために手段を択ばぬ強引・稚拙な手法で「公」を踏み...
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