えっ、3時間も寝てへんの? アイロンがけも裁縫も自分でやる? 合間にメールを何千通も読んだ? うーんやるなあ! 異国の大統領に抱きついたり、奈良公園の鹿の腹をヒールで蹴破ったりする飛んでもない女子(おなご)や思てたがなんとエエとこあるやんか。陰でそんな気張ってたとは知らなんだ。中傷動画も男系男子もこれでチャラや。わしもサナエトークン欲しゅうなった、、、。高市首相の投稿はこんな声をあてにしたものでしょう。
そういえばサザエさんにこんな4コマ漫画がありました。1コマ目、はりきって洗濯物を干すサザエさんに近所の女性が「ご精が出ますね」と笑顔であいさつ。2コマ目も3コマ目もひたすら干し続けるサザエさんと思わずそれに見入る女性。4コマ目、目を丸くした女性が「あきれた、よくもためたね」とひとり言。これはありふれた日常ですが、サナエさんのメールため込みは笑い話ですみません。
高市氏については前にも書いたけれど(311「高市早苗という災厄」ほか)、知れば知るほど幼稚で自己省察のない人物です。かつて大津市教育長であったT氏が越直美市長(当時)のことを「ダンプカーを運転する小学生」と評して議会筋から喝采(?)を浴びたことを思い出します。この二人に共通するのは「無反省ゆえの思い込みの強さ」であり、当人はそれを正義だと勘違いしています。高市氏が運転するのはダンプならぬ超ジャンボ機ですから1億2千万の乗客は生きた心地がしません。
こうした首相の資質はあくまで問題の一部にすぎず、それを野放図に表出させている政府や母体の自民党、国会の機能不全に結果的に加担している中道改革連合をはじめとする野党にも連帯責任があり、最終的に彼らを選んだ私たち国民に帰着します。今国会では皇室典範や国旗損壊罪、副首都推進など国の形に関わる法案が議論が尽くさず次々に成立しましたが、その結果とあわせ、数をたのんで押し切った高市内閣の姿勢を私は銘記したいと思います。
高市氏はこのことに関して露ほどの「やましさ」も感じていないようだと朝日新聞編集委員の高橋純子氏が「多事奏論」で述べています(以下に抜粋)。
~ わかりやすいので、高市氏が「政治の師」と仰ぐ安倍晋三元首相と比べてみたい。たとえば閣議決定による集団的自衛権の行使容認と安全保障法制をめぐる2015年の国会質疑。憲法の縛りを改正以外の姑息な手段でほどくことへの、ある種の「やましさ」を安倍氏は最低限自覚していて、だからこそ「やましさ」に裏打ちされた気迫をみなぎらせ、国会というリングに上がっていたように思う。喧嘩腰の姿勢や牽強付会な答弁の数々はけっしてほめられたものではなかったけれど、論戦を受けて立ちはした。
一方、高市氏はリングに上がらず、たまに上がっても一般論や定型句に逃げるから論戦はまったく深まらず、のらりくらりの答弁には気迫のキの字もこめられていない。「国民の総意」には遠く及ばない皇室典範の改正や、「違憲立法」と批判される、自身肝いりの国旗損壊罪の創設を数の力で押し切ることに露ほどの「やましさ」も感じていないようだ。
リングには上がらないのにジュエリーベストドレッサーなる賞のステージには上がり、貸し出された高額なジュエリーを首と耳につけて見せた満面の笑みはひとつの証左。つまりやっていいこと/やってはならないことの区別がそもそもついていないということだろう。~
以上が高橋氏の意見の一部です。「やましさ」の欠如という指摘は、いや確かにまったくその通りと言わざるをえません。「正しい目的のためには手段を選ばない」、あるいは「目的の正しさが手段を正当化する」というのが高市首相の論理でしょう。はて、これも前に書いた気がすると思ってブログ内を検索したら「116)越市長と後継者 ~目的と手段~ 」という記事が見つかりました。
「大津通信」ではもはや過去の人である越氏が、高市氏に呼び出されて久々に登場しました。類は友を呼ぶとはこのことでしょうが、もう出て来ないでほしいものです。
さて、「やましさ」を多少なりとも感じていた安倍氏と、それを欠いている高市氏では、どちらがよいのか悪いのか。これは難問ですが、考えようによっては高市氏の方が「一歩先」まで到達し、ある意味で師を超えました。そこで今回のタイトルは「出藍の誉れ」です。
一方、国際情勢はこの数年でひどく悪化しています。各国ともその対応に苦慮する中、アメリカ一辺倒のわが国は、それゆえのリスクが増大しています。そんなこんなで戦後なんとか守って来た「自由」と「平和」が揺らぎつつあります。一人では何もできないとみんなが達観してしまったら、本当に「曲がり角」を曲がってしまいかねません。それはまずい、達観しないでいようと私は思います。
記事をアップしかけて熊本の地震を知りました。被害はまたもや甚大です。突然に人生を遮断された人々、長らえて苦しい現実に直面せざるをえない多数の人々のことを思います。高市首相が閣僚を集めて「不眠で対応にあたるよう」訓示しましたが、もちろん政府は総力をあげてこの事態に対応すべきです。
一方で国は、南海トラフなどさらに規模の大きな地震への備えを危機感をもって進めるべきだと考えます。原発はあまりにリスクが大きすぎます。再開や増設などとんでもない。福島第一原発の爆発から15年たった今も日本は「原子力緊急事態」から脱していないではありませんか。この件も繰り返し書きました(記事182、183、184、185、186、直近では 229「この国土に住み続けるため」)。繰り言めきますが、私なりにこの国を大切に思っていますのでご容赦いただきたく思います。

0 件のコメント :
コメントを投稿
1月9日をもってコメント受付をすべて終了しました。貴重なご意見をお寄せ下さったことに心からお礼申し上げます。皆さまどうも有難うございました!なお下の(注)はシステム上の表示であり例外はございません。
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。