大津市政 18 ~職員の受け止め方~ 辞めていく職員

 平成26年3月末、越市長のたっての願いで就任した教育長が「体調不良」により僅か1年で辞任されるというたいへん残念な事態が起こりました。
 実際に当時、教育長は不整脈で10日の入院を余儀なくされましたが、もっと重篤な傷病を抱えながら職に留まっている特別職の事例は昔も今もいくらでもあります。
 辞任の要因は、選挙で選ばれた首長の意思は市民の意思であると主張して教育行政に深く関わろうとされる越市長と、法に基づき教育の政治的中立性や継続性を守ろうとされる教育長との深刻な意見の対立にありました。

 特に、平成26年度予算の編成に際して、越市長が教育委員会の自主性、自立性を無視するかのように教育委員会予算の内容に事細かく踏み込んで指示を行い、ついには、越権に抗議する教育委員会を押し切られたことが事態を決定づけました(予算編成の項目にも書いています)。
 教育長としては、予算権を振りかざして一歩も引かない越市長に対し、最終的には同意せざるを得なかったのですが、このことにより越市長への失望と不信を深め、また、他の教育委員や学校現場、職員等に対する責任を痛感されることとなりました。
 これに加えて一時的とはいえストレスが昂じて体調をくずされたことから、任期3年を残して異例の退任となりました(日経ビジネス平成26年月6月2日号に関連記事が掲載されています)。

 この方は、技術者としての合理的精神と教育への情熱を併せ持った教育者であり、就任以来、子どもの立場からの教育改革を進めるために市長部局との連携に心を砕いてこられました。
 その辞任は大津市の教育にとって大きな損失であったと思います。
 その後に、私が副市長を辞任することとなりましたが、この経過はすでに記しました。
 特別職の相次ぐ辞任として議会でも問題視されましたが、越市長は、教育長は健康上の理由、副市長は一身上の都合であるとの認識を示されただけに終わりました。

 平成27年3月には、越市長の子ども施策等を問題視する一人の管理職が中途退職し、越市政を正すとして4月の市議会議員選挙に立候補する事態となりました。
 元職員の市会議員への転身は過去にも例がありますが、市長を批判し中途退職しての立候補はやはり極めて異例のことです。
 その主張は、保育現場の声に耳を貸さず、保育の質を吟味することなく待機児童ゼロを強引に押し進める越市長は、大津の子どもより自分のマニフェストを優先しているとしか考えられない。そうした行政の進め方に一石を投じたい、という趣旨のものでした。

 結果は落選でしたが、節税選挙を訴えるためポスターを貼らず、運動員も選挙カーもなし、ハガキとブログだけの選挙戦で1,529票を獲得しました(立候補者50人中43位。38位までが当選)。
 この得票が多いか少ないか見方は分かれるでしょうが、立候補に備えて市外から大津に転入した経緯から明らかなとおり地盤を持たない新人が、タスキもマイクもなしで1,529人の期待の受け皿になり得たという事実は変わりません。
 その期待とは、一議員として越市長の市政運営を正して欲しいという願いであり、それは、立候補の動機表明および短期間にブログに寄せられた多くのコメントから明らかに読みことができると私は思います。
 当時ネット上に公開されていたコメントのコピーを関係資料として掲載します。
 なお、このブログは選挙終了と共に閉鎖されました。 

 関係資料6 市議会議員候補者のブログに寄せられたコメント




0 件のコメント :

コメントを投稿

1月9日をもってコメント受付をすべて終了しました。貴重なご意見をお寄せ下さったことに心からお礼申し上げます。皆さまどうも有難うございました!なお下の(注)はシステム上の表示であり例外はございません。

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。