2024/07/20

241)桐生雑感

  雨粒に叩かれ頭を下げっぱなしの庭の葉むらを横目に見ながらブログ(前回記事)を書き終えたらちょうど雨がやみました。7月12日の午後おそく。雲は厚いけれど出かけるなら今。パソコンのふたを閉じ、巨大なキュウリや黄色く熟れたゴーヤの始末はまた今度と決めて車に乗りました。めざすは桐生です。

 東に向かって空いた道を10分あまり走ると目的地ですが、駐車場には珍しく1台も車がなく、キャンプ場やオランダ堰堤にも人の姿はありません。歩き出すと木々の間に靄がかかって見通しがきかず、濡れた落ち葉からむせるような香気が立ちのぼります。いつもうるさいほどのウグイスも鳴かず聞こえるのは私の足音ばかり。今日は自然が濃いと感じたのは、いま思えば予感であったかも知れません。

 桐生には1時間ほどで1周できる遊歩道があって、そこから狛坂寺跡、天狗岩、落合滝、鶏冠山などにいたる山路が分岐していますが、この日は時間もないので「遊歩道プラス逆さ観音への寄り道」と決めました。雨で垂れ下がった枝をよけながら行程の半分まで来たとき、少し先を小型犬ほどの茶色い塊が横切って大木の向こうに回り込みました。イノシシの子どもです。足跡はよく見かけるけれどその主を見たのは10数年ぶりのこと。

 きっと近くにママがいるだろうと思って一瞬立ち止まると斜面の上で枯れ枝を踏むような音。すぐにリュックサックのベルトから唐辛子スプレーを引き抜いて手に持ちました。これは私の山林放浪を案じて息子が取り寄せてくれた熊にも有効だという逸品、一年近く携行していますが使ったことはありません(庭で試射しオレンジ色の霧が数メートル飛ぶと確認済)。周囲を見ながら歩き続けてその場を離れました。結局親イノシシの姿を見ることはありませんでした。

 近ごろ町なかにも現れるイノシシは、本来のすみかである山中でめったに見ることができません。用心深い彼らも、雨続きでしばらく人が来ないことに安心したのでしょう。私はスプレーの安全ロックをかけてホルダーに戻し、帰り道を急ぎました。逆さ観音を過ぎ遊歩道に戻って20分ほど進んだ時、今度はカーブのすぐ先で大きな鹿が3頭現れました。山から谷川に下りようとしたところに私が行き合わせたようです。お互いびっくりです。

 奈良公園にいるような茶色い綺麗な鹿が、遊歩道を横切って先を争うように急斜面を駆け下り姿を消しました。歩道の簡易舗装(粟おこしのようなコンクリート)を幾つもの蹄が蹴る音は荒々しく重量感があって、もし彼らがこちらへ向かってきたらとてもかなわないと感じました。今回はスプレーを取り出す余裕もありません。私が数メートル進むと右手の山にはやや小さい1頭の鹿がいて、あわてて上の方に逃げていきました。私が4頭の群れを分断したことになります。

 ほどなく山頂の方角から仲間をよぶ鹿の鳴き声が聞こえました。状況が分かるだけに哀切に響きます。「奥山にもみじ踏み分け啼く鹿」です。いまは梅雨のさなかだけれど。ところで彼らの五感は私たちの比ではないし、何といってもここは彼らの庭先ですから、ほどなく彼らは合流したに違いありません。

 家に帰って缶ビール片手に2つの遭遇を振り返りました。雨にとざされたと感じるのは当方の勝手な思いであり、森も生き物も、人が来ないために自由満喫、本性発揮です。「自然が濃い」とはそんな感じです。自分が知らなかった友人の別の顔を見た時、あるいは楽屋のドアが開いていて役者の素顔が見えた時の感覚に似ているかも知れません。それはなかなか良いものでありました。唐辛子スプレー持参で侵入して能天気なことを言うなとイノシシや鹿は怒るでしょう。そこはひらにお許しいただくしかありません。




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